【新型コロナ】突如発表した「自宅療養が基本」方針、果たして機能するのか?現場に聞いた

 菅義偉内閣総理大臣が2日に、医療提供体制を維持するため発表した「重症患者と重症化リスクのある人以外は自宅療養を基本とする」方針。医療界を含め各方面に波紋が広がっているが、医療現場はどのように受け止め、対応しようとしているのか。当編集部は現在コロナ患者に対応している複数の医師に、現状と政府の方針にどう対応しているのか聞いた。果たして浮かび上がってきたのは、色々と思うところはありながらも、患者のため必死に対応しようとする現場の姿だった。

批判や困惑の声も複数「1年半も何をしていたのか」

 2日に官邸で開かれた関係閣僚会議で菅総理大臣が発表したのは、突然ともいえる方針の転換だった。首都圏を中心として新規感染者が爆発的な増加を見せる中、医療提供体制を維持するため、今後は重症患者と重症化リスクの高い患者以外は自宅療養を基本とし、そのかわり容体が悪化したらすぐに入院できる体制を整えるというもの。そのために、病状を示す指標である酸素飽和度を計測する「パルスオキシメーター」を配布し、地域のかかりつけ医が往診やオンライン診療で見守る体制を整備するとした。また、先日国内で承認された抗体カクテル薬を「画期的な治療薬」と表現し、50代以上や基礎疾患のある患者に積極的に投与するとしている。

 この方針表明を受け、各テレビメディアに出演した医療関係者はその現実性に疑問を呈するなど、困惑や批判の声を上げている。

 彼らがまず指摘したのは「重症化リスク」を適切に評価する難しさだ。都内で新型コロナ対応にあたっている東京医科歯科大学付属病院の荒井裕国副院長は、実際同病院に収容している患者の実例を挙げ「軽症からいきなりECMOにつながれるような例も出ている。数時間でいきなり悪化するケースもある」と述べ、果たしてそうした患者を適切に察知できるのか、難しいと言わざるを得ないという見解を示した。

 また首相が「画期的な治療薬」とした抗体カクテル薬については、薬剤自体が点滴投与であること、軽症の段階で投与するものであることを指摘。そもそも適切な投与のためには研修が必要であることも明かし、現場が対応できるのか疑問を呈した。

 別の番組に出演したインターパーク倉持呼吸器内科の倉持 仁院長はさらに辛辣にこの方針転換を批判。「パルスオキシメーターだけで適切に見守れるわけがない」「(コロナ禍が始まってから)1年半も経つのにこんなことを言っているのが信じられない」「こんなことでは国民の命を守れない」と厳しい言葉を重ねた。

本当に自宅療養が適切にできるのか?現場に聞く

 とはいえ、現実に全国で1万人を優に超える新規感染者が連日増え、首都圏ではすでに御しきれない状態。数万人単位の感染者が自宅で待機するほかない状況に置かれるのは確実な情勢だ。是非は別にして、首相が示した「地域のかかりつけ医が往診やオンライン診療で見守る体制」が本当に構築できるのか。編集部では都内でコロナ患者に対応する医療機関の複数の医師に現状を聞いた。

 関東で在宅医療を展開する医療機関の医師によると、都下においては地域によって体制のありようは変わってくるという。地域医師会がすでに往診体制を組んでいるところもあり、そうでない地域は、政府の方針表明を受け現在東京都、東京都医師会が在宅医療の事業者や往診を行う医療ベンチャーと、まさに現在折衝を進めているとのことだった。

 首相が評価する抗体カクテル薬について別の都内在勤の医師に聞いたところ、確かにその薬は早期の段階で投与すべきであり、点滴薬であることからもその薬での対応は難しいかもしれないと回答。ただ、在宅療養者にも酸素投与する機器はあり、またステロイド剤投与など他の処置もできると述べ、医師が応診できる体制が整えば「打ち手はある」とした。

 菅首相は3日、日本医師会の中川会長と会談し協力を要請し、中川会長も「頑張るしかない」と回答したが、地域の開業医、在宅医療のネットワークで支える体制が具体的にどこまで構築できるかは、まさにいま現場で行われている努力にかかっているという印象だった。前出の在宅医療に関わる医師は「もう細かい安全性よりも、生存の確率を少しでも上げる方法をと思っている」と、情勢が緊迫していることを暗に示しつつ、取り組みを進める決意を語ってくれた。

機能するかは行政と保健所の能力次第

 このように医療現場はさまざまな意見を飲み込みながらも、患者のために取り組む動きを見せているが、しかしこの体制が機能するかは、感染者を管理する機能を独占的に持つ行政と保健所の動きにかかっている。感染症に関しては、どの患者を入院させ、自宅に留め置くか、自宅に往診してもらうかなど決められるのは、自治体の保健衛生部局と保健所のみ。医療機関は行政と保健所の指示に従うことが法律で定められているからだ。

 だが先日から報道されている通り、特に東京都では現時点で保健所のキャパシティをオーバーし、調整中の感染者の数がどんどん上積みされている。保健所から最初の連絡が届くまで数日かかる例がすでに頻発しており、現実的にその連絡の間に事態が急変したら、なんの医療も受けられず重症化、あまつさえ亡くなってしまう可能性は低くはない。そのような目に遭わないためにも、一人一人が感染対策を徹底し、感染しないように努力するしかない。

(写真出典:首相官邸ホームページ)

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