難関のスパ24時間に挑んだ3名の日本人ドライバー、各人が感じた過酷さと手応え

 世界三大耐久レースのひとつに数えられるスパ24時間の舞台であるスパ・フランコルシャン・サーキットの開業100周年を迎えた2021年、例年ならば70台以上のGT3マシンのエントリーを誇るところ、コロナ禍ということもあり58台に留まったが、今年も世界中からトップドライバーたちがこの場所に集結し、GTレースの“夏の陣”が開催された。

 58台、計200名に上った参加ドライバーのなかには“強豪”チームWRT(31号車アウディR8 LMS)から富田竜一郎が、インターナショナルGTオープンを主戦場とするVSレーシング(666号車ランボルギーニ・ウラカンGT3 Evo)からは根本悠生がシルバーカップへ。また、濱口弘はプロ・アマカップを戦うオレンジ1・FFFレーシング(19号車ランボルギーニ・ウラカンGT3 Evo)からエントリーを果たし、新型コロナウイルスの感染拡大防止措置により依然として日欧間の移動が容易ではない状態が続くなか、上記3名の日本人ドライバーが強い意志と希望を持って世界最高峰のGTレースへと挑んだ。

 7月末という真夏にも拘らず、日中の最高気温が20℃を下回る肌寒いレースウイークとなったスパ・フランコルシャン。例年であればサーキットからスパ市内へ向けての約10㎞のパレードランが行われるが、今年も昨年と同様に感染拡大防止のため中止に。一方、F1や東京オリンピック等が採用するバブル方式を取りながら、パドック以外での一部のエリアでは待ちに待った観客導入が叶い、久々に多くのファンがスパへ詰め掛けいつもの独特の熱気に溢れた。

■富田竜一郎が木曜の予選でクラッシュ

 フリープラクティスと予選、ナイトセッションまで、午前中から深夜まで走行が続く長い1日となる木曜日は危惧されていた雨も降らず、“スパウェザー”が良い方向へ転び、終始ドライコンディションで進んだたためウエットタイヤの出番はなかった。

 3名ないし、4名のドライバーがそれぞれ15分ずつのタイムアタックをする予選。スパのコースは1周が7km以上あるがゆえ、アウトラップやトラフィックの状況を考えると実質1~2ラップが勝負どころとなる。

 Q1で666号車ランボルギーニをドライブした根本は10番手タイムを記録。続くQ2には富田と濱口が登場予定だったが、開始早々にクラッシュするマシンが現れ赤旗が提示される。セッション再開直後、ふたたび赤旗が出て予選は中断に。富田駆る31号車アウディがオールージュを上ったラディオンで一瞬コントロールを失いタイヤウォールへと突っ込んでしまったのだ。

 幸い富田には怪我はなかったものの、マシンは大きく破損。走行が不可能となったアウディがピットに戻されると、チームはすぐに修復作業に入った。なお、このQ2を担当するはずだった濱口は2回の赤旗でクリアラップを走る機会を失い50番手タイムに留まっている。

オレンジ1・FFFレーシングの19号車ランボルギーニ・ウラカンGT3 Evo
根本悠生(左)とチームメイトのマルティン・ランプ
“強豪”チームWRTがシルバーカップに投じた31号車アウディR8 LMS

■落下したバックモニターがランボルギーニの主電源を直撃

 決勝スタート日の7月31日、この日は朝から“スパウェザー”が顔をのぞかせ、突然雨を降らせたかと思えば日差しが見えるなど天候がコロコロと変わり始めており、波乱のレースを予感させた。

 16時30分のスタートを控えたグリッドではやや緊張した面持ちの富田だったが、数多くのトップドライバーの一員としてスタートに立つ喜びに満ちていた。また根本は、「なるべく力を抜くように頑張ります」と語ってマシンへと乗り込んでいく。

 決勝では日本人3名がスタートドライバーを担当。富田は最後尾に近い56番手、濱口は45番手、根本は42番手からレースを開始した。しかし、レースは開始早々にラディオンで発生した多重クラッシュの影響でスティントの多くの時間をフルコースイエロー(FCY)に費やされることに。

 リスタート後には突然の大雨が到来し、レースは序盤から大きくかき乱されることとなったが、その後は天候も安定しドライコンディションでナイトセッションに突入していく。

 そのなかで19号車ランボルギーニがウォールに激突し、午前0時を目の前にして緊急ピットインした。19号車は事故の衝撃でバックモニターが落下。これが運悪く主電源装置を直撃し、電気系統を喪失してしまう。これによりABSやパワーステアリングがまったく機能しなくなり、その時点でリタイアを選択する他ない状況となった。

 次の交代ドライバーとして控えていた濱口は、このトラブルにより2度目のスティントを担うことなく今年のチャレンジを終了することとなっている。

「今大会ではレースウイークを通して私自身は合計10周も走れないというような、最短で終わってしまいましたが、これもレースであり、スパの過酷さを物語っていると思います」と語った濱口。

「このスパをノーポイントで終了してしまったのでGTワールドチャレンジ・ヨーロッパのシーズン優勝は絶望的になってしまいましたが、残りのニュルとバルセロナの2戦で少しでも上のポジションでシーズンを終えられるようにチーム一丸となって頑張りたいと思います」

 残りのシーズンに向けた意気込みを語った濱口は来季に向けた計画も口にしつつ、引き続きスパ24時間へのチャレンジを続けるという。

「アジアとヨーロッパでシリーズ戦を制覇し、来年はアメリカへ戦いの舞台を移して新たなチャレンジをしようと計画しています。しかし、スパ24時間にはスポットとして継続して参戦するつもりです」

根本悠生がスタートドライバーを務めたVSレーシングの666号車ランボルギーニ・ウラカンGT3 Evo
フィル・キーン/濱口弘/ベルトラン・バゲット組19号車ランボルギーニ・ウラカンGT3 Evo
濱口弘組の19号車ランボルギーニは夜間のアクシデントで姿を消した

■デブリ直撃に泣いたVSレーシング

 深夜、暦が8月に替わった午前0時頃から濱口/ベルトラン・バゲット/フィル・キーン組の19号車が姿を消したトラック上、とくにオールージュ周辺で濃いガスが発生した。

 すぐ目の前の視界さえも遮るほどに辺り一帯が真っ白のベールに包まれ、ドライバーの視線からはまるで絶壁を上るように映るオールージュが「ヘッドライトがガスに反射してまったく前が見えず、感覚で登るしかなかった」と富田が言うように、ただでさえ難関なスパが低気温と濃霧によりさらに厳しさを増していく。

 そんななか順調に周回を重ねていた666号車ランボルギーニにも不運が襲う。走行中にデブリがラジエーターフェンスを突き破り、本体にもダメージを与えてしまったのだ。これにより冷却水やオイルを失ったことでエンジンが焼き付いてしまい、その時点でゲームオーバーとなってしまった。

 根本にとっては初めてのスパ24時間であり、スタートドライバーを担いポジションを大きく上げるなどチームに貢献していただけに、第一目標である完走が叶わぬ残念な結果となった。

「普段はインターナショナルGTオープンやスーパートロフェオで活動をしていますので、24時間という長い耐久レースの経験は初めてでもあり、世界中から集うGTの一流ドライバーらとともに走ることができたのは大変光栄でした」と根本。

 初めてのスパ24時間はリタイアという結末に終わったものの、「耐久レースとはいえ、予選やレース序盤からもっと貪欲に攻めていくことの大切さを学びましたし、もっと経験を積んで見極めていく必要があると感じました」と収穫もあったようだ。

スパ24時間に参戦したVSレーシングの666号車ランボルギーニ・ウラカンGT3 Evo

■“リヤがない”マシンで大雨にも耐え、見事フィニッシュ

 ふたりの日本人ドライバーが姿を消すなか、残る富田に完走への期待がかかる。31号車アウディは順調にペースを上げ、シルバーカップのクラス優勝も充分に狙える範疇にいた矢先、チームメイトがバスストップでスピンして停止しているところへポルシェが接触。アウディに大きな破損こそはなかったものの、その後ピットインやペナルティを受けるなどして、ポジションを大きく落としクラス優勝争いから脱落してしまう。

 残り2時間の最終スティントは富田が担当。この時点で31号車はリヤディフューザーを失っており、リヤのダウンフォースが著しく低下したアンバランスな状態となっていた。

 そんななかレース終了の約50分前にふたたび大粒の雨がコースを襲い、アクアプレー二ングにより多重クラッシュが起きるなどレースが大きく乱れるも、富田はチェッカーフラッグを受けることに集中し着実に周回を重ねていく。迎えた日曜の16時30分、チームWRTのクルーがピットウォールで待ち受けるなか富田は最後まで無事にマシンを運び、初参戦のスパ24時間で完走を果たしてみせた。

 初めてのスパ24時間を戦い終えた富田は、「このレース、そしてチームWRTから参戦できたことを非常に光栄に思います」とコメント。

「ファクトリーチームに限りなく近い欧州のトップチームに、ジェントルマンドライバーとしてではなく日本人としてシートを得られ、なおかつエースドライバーとして活躍するということはハードルがとても高く、それを実現させてくれた周りの方々にとてもに感謝しています」

「マシンの調子が良かっただけに、予選では人生でほぼ初めてとも言えるクラッシュをしてしまったことは残念でしたが、レースでは最後方からのスタートながら序盤には随分とポジションを上げ、夜中には総合トップ10争いに絡むことができるなど、良いポテンシャルを示せたと思います」

「今年が最初で最後という気持ちでこのスパに挑んでいただけに、完走はできたものの、何か忘れ物をしたような心残りがあります」

一時は総合16番手/シルバーカップ首位を争うところまでポジションを上げた31号車アウディR8 LMS
VSレーシングの666号車ランボルギーニ・ウラカンGT3 Evo
リヤディフューザーが脱落した状態でレース後半戦を戦った31号車アウディR8 LMS(チームWRT)
レース序盤と終盤にスパらしい突然の大雨に見舞われた2021年のスパ24時間レース

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