『パンケーキを毒見する』『空白』河村光庸Pが語る『宮本から君へ』“違憲”助成金不交付と権力への問題提起【第2回】

『パンケーキを毒見する』©2021『パンケーキを毒見する』製作委員会

「寛容に見えて、すごく不寛容」

『宮本から君へ』(2019年)出演者の麻薬取締法違反による逮捕を理由に、芸術文化振興会が助成金1000万円を交付しないと発表。河村光庸プロデューサーが代表取締役を務める株式会社スターサンズが決定取り消しを求めた裁判で、東京地裁は「助成金の不交付は裁量権の逸脱または乱用」として芸文振の不交付決定を取り消した。芸文振は控訴しているが、コメントは出していない。

政治バラエティ映画『パンケーキを毒見する』が2021年7月30日(金)より公開され、さらに古田新太と松坂桃李主演の話題作『空白』(2021年9月23日[木・祝])の公開を控える河村氏が、裁判を起こした理由とは。

『パンケーキを毒見する』©2021『パンケーキを毒見する』製作委員会

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「(『パンケーキ~』を撮ったのは)約束しちゃったから(笑)」

―内山雄人監督に決まるまで6、7人に断られたという『パンケーキを毒見する』を、あきらめずに進められた気持ちの強さや原動力はどこから得られたのでしょうか。

いや、約束しちゃったから(笑)。それで偉そうに映画館を空けたのに、映画を作らないわけにはいかない。いま、なかなか空かないんですよ、前もって言っておかないと!

五輪のおかげで映画館も空いているし、タイミングはもうここしかない。ちょうど公開時期は五輪ど真ん中でしょう?

『パンケーキを毒見する』内山雄人監督©2021『パンケーキを毒見する』製作委員会

―そうですね、なので文芸作品の公開が多いという話は聞きました。

五輪に興味がない人は意外と多くて、海外ではそういう人たちが映画を観に行くので公開本数が非常に多い。でも日本では、約束した当時は空いてたんです。だから五輪をやろうがやるまいが、どうであれこの時期にしようと思っていました。

『パンケーキを毒見する』©2021『パンケーキを毒見する』製作委員会

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「問題提起しないと意味がない。映画でしかできない自由さがある」

―『パンケーキ~』で投票の重要性を訴えかけていらっしゃるのは、やっぱりまだ日本人の知識や良識を信じていらっしゃるということですか。

そうですね。選挙中は、マスコミが一切選挙に触れないじゃないですか。偏った党派や一政治勢力に加担しないためと言うけれど、それとは別の問題。社会とか、いま置かれている政治状況を批判することができないからです。でも批判すべき点が多いからこそ、現職ではない新しい候補者に投票するわけですよね。だから問題提起しないと何にも意味がない。

マスコミが問題提起を怠ったり、政治批判をしない風潮は絶対にダメだと私は思っています。ですからそういう面で、映画でしかできない自由さで問題提起しました。

『パンケーキを毒見する』©2021『パンケーキを毒見する』製作委員会

―『i-新聞記者ドキュメント-』(2019年)公開時のインタビューで「もっとたくさんの“私”が現れてほしい」とコメントされていました。9月公開の『空白』も傑作でしたが、“私”として独りで戦う古田新太さんと、世間体を気にする大勢の中の松坂桃李さんがいるという対比があったように見えました。

出演者みなさんが素晴らしいですが、それぞれの“私”があって、多くの“私”がどう行動するのか、その“混迷”が出ていると思います。本来は“私”を主張しなきゃいけないけれど、そうなり得ない社会の不寛容が底にある。

日本人は寛容に見えて、すごく不寛容。寛容に見せかけるのはうまいけれど、人に対して入り込まない/受け容れないといった、いわゆるムラ社会的なところがある。

そうした同調圧力や忖度という、“私”がない問題は、もう『新聞記者』で扱ったと思っています。対して『空白』は、“私”を主張でき得ない社会や現状を表している。『空白』というタイトルに現れていますが、“空っぽ”なんです。劣化というか全く無い、不寛容よりもさらに厳しいのではないか? という毎日。でも、その中でそれぞれを“許していく”ことも描いた映画です。

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「国は“映画への検閲の仕組み”を作ると言っている」

―断絶の先に、ほのかに描かれる希望に感動しました。ところで『宮本から君へ』の芸術文化振興会の助成金不交付問題についてうかがいたいのですが。

長くなるよ(笑)。

―いま先方が控訴している状態ですが、もともと勝訴すると思ってらっしゃいましたか?

いや、負けるんじゃないかと思っていました。過去のこういう裁判では、裁判所は「行政というのはこういう裁量を持っている」といった判断をしてきた。だから民間がお国を訴えても、だいたい負けるわけです。「行政裁量がないと行政はできない」と言われたら、おしまいじゃないですか。だから行政裁量に違反しているという判決は、ものすごく画期的だと思っています。

ですが、助成金の不交付には行政裁量と公益性の二つの問題があって、今回の裁判でも公益性については答えてきませんでした。「文化芸術における公益」とは何か? というと一切答えられない、語れないところがあったんです。そこを語らずに、彼らは何を語るのか。

こちらとしては、やっぱり憲法の問題とか公益性を絡ませたいんだけども、地裁はそこに論点を持ってこなかった。だから「これはまずいな」と思いました。それに、公益性はいちばん大きな問題で、つまり国と憲法に関わるのです。

国益と公益、国のお金と公のお金とはどう違うのかなど、いまはそのお金をぐちゃぐちゃにしているわけです。この裁判によって、この問題に斬り込んでいけると思っていたんですよ。それができないので……でもまあ、とはいえ、勝訴した(笑)。

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―先方の控訴について「公益や行政裁量についての議論が深まれば」とコメントなさいましたが、日本人はまだ冷静な議論ができると河村さんは信じていらっしゃるということでしょうか。

そこは難しいところですが……政権は逆手に取ってきますよね。朝日新聞の記事にあったけれど、判決の翌日に萩生田文科大臣が「この問題をきっかけにして、こういう映画が上映にふさわしいかどうか、お金を出すにふさわしいかどうかガイドラインを作ることを命令した」と言った。ということは、映画に対する検閲ですよ。国による“検閲の仕組み”を作ると言っているんです。

『パンケーキを毒見する』©2021『パンケーキを毒見する』製作委員会

これはもう大変な問題です。こういうことを訴えていきたいんですよ。国の力を、そういう形で使ってくる。今回(のコロナ対策)も、税務署を使ったり銀行を使ったり、グルメサイトを使って民間監視体制を作ろうとしている。それと同じやり口ですよね。

日本のメディアは、こういう政治の問題点を、もっと浮き彫りにすべき。「(政治家が)辞めました」では終わらない話です。そういう体質ですから。

河村光庸プロデューサー

取材・文:遠藤京子

『パンケーキを毒見する』は2021年7月30日(金)より新宿ピカデリーほか全国公開中、『空白』は2021年9月23日(木・祝)より全国公開

『宮本から君へ』は各配信サイトにて配信中

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