世界自然遺産「西表島」の四季を描く“エシカル・ムービー”は人と自然との共存を想起

どこまでも青くたおやかな海に、大きな太陽が光の道を照らし出し、昔ながらの木造船が、櫓を漕ぐ人々の手でゆっくりと進む。やがてあらわになる豊かなサンゴ礁に囲まれた島の全景は、そのほとんどが亜熱帯の森に覆われ、山々には無数の川や滝、河口には広大なマングローブ林が広がる。そう、イリオモテヤマネコをはじめとする固有種や絶滅危惧種を有し、「東洋のガラパゴス」とも称される、沖縄・西表島だ。このほど世界自然遺産への登録も決まったこの美しい島の四季と人々の営みを紹介するドキュメンタリー映画『生生流転(せいせいるてん)』が今、ユーチューブ上で公開されている。その壮大な映像は、当然のことながら、人もまた生物多様性の一部であるということを、そして、本当の意味で自然と共存するとはどういうことかを観る人の心に突きつける。(廣末智子)

「島を知り、エシカルな旅をしてほしい」 アウトドアブランドなどが3年がかりで製作

米オレゴン州ポートランドを本社とするアウトドア・フットウェアブランド「KEEN(キーン)」を日本で展開する「キーン・ジャパン合同会社」(東京・港)と西表島の自然と文化を守り、次世代へとつないでいくためのプロジェクト「Us 4 IRIOMOTE(アス・フォー・イリオモテ)」は、映画『生生流転』を2018年6月から3年がかりで製作。こうして企業が事業に関連のある社会的課題の啓発のために、映画を自主製作する流れは数年前から世界である。同社も米国の本社では既にいくつか作っているが、「キーン・ジャパン」による映画はこれが初めてだ。

同社によると、2018年に初めて島を訪れた竹田尚志社長はその手付かずの自然に深く感動するとともに、人口わずか2300人の島に年間30万人もの観光客が押し寄せる、オーバー・ツーリズムによる弊害が懸念されていることを知った。自然遺産への登録が決まればさらに観光客が増えると予想されることからも、「島の暮らしをもっと知ってもらってから訪れ、エシカルな旅をしてほしい」という思いを深めたのがきっかけという。

監督・撮影は石垣島出身で「琉球や沖縄の陰翳美」をテーマに活動する仲程長治氏が手掛け、島民の暮らしを丁寧に追うとともに、ドローンによる空撮を駆使した、繊細且つ壮大な2時間弱の作品に仕上がった。

島があって初めて生き物が生き、人も生きられる

「ばがけらぬいぬち(私たちの命を)島ととぅみあらしようり(島と共にあらしてください)ムリムリぬヤマメーま(森の中にいるセマルハコガメが)うぶとぅうりカミなるけ(大海に下りて海亀になるまで)」

石垣金星さん ©Choji Nakamoto

沖縄民謡ともまた違う味わいを持つ、西表島に伝わる唄。その多くは「島と共に」、つまり「島があって初めていろんな生きものが生きているし、人も生きられる」ということを歌ったものだという。そんな唄が随所に流れる物語は、戦後間もなく島に生まれた郷土史家であり、伝統芸能継承者の石垣金星さんと、その妻で染色家の石垣昭子さんの暮らしを丁寧に伝える。

竹富島から西表へと嫁いだ昭子さんは、金星さんと共に、1980年代に「紅露(クール)工房」という名の染織工房を起こし、当時、島では途絶えていた伝統的な染色の復興に取り組んできた。

すぐ近くの干潟には「海ざらしの道」がある。海ざらしとは、染め上げた布を海水にさらして色留めする八重山諸島独特の手法だ。映像の中で、「自分の可能性を広げるために昭子さんの元を訪れた」と言うフランスの若き洋裁家が、昭子さんと2人、染めあげた布を持って「海ざらしの道」へ入り、全身を海に浸かって作業を行い、合間には、マングローブの林の中をたゆたうようにぷかぷかと浮かぶ姿が目に焼き付いた。「潮ってすべてに良いです。布にも良いですし、皮膚にも良い」と昭子さん。海に浸かると今日1日の疲れが引いていく。心も身体も空っぽにし、ただ漂う。なんと贅沢な時間だろう。

幸せだとももう思わないし、あたりまえだし、無理は一切しない

工房の南にある田んぼでは金星さんが昔ながらの稲作に励み、工房で食べる分だけの米を自給している。「非常に質素だけど飢え死にをしないような環境。お米がある。山菜がある。たまにお肉が入る。魚が入る」。16羽の鶏と、番犬である琉球犬のコマが残飯はすべて食べてくれる。「こういうのなんて言うのかな?幸せだとももう思わないし、あたりまえだし、無理は一切しない。急な流れではなくて、ゆるやかにゆるやかに流れて今に行き着いている。大変な仕事ですね〜って言われるけれども、実はぜんぜん大変ではなくって、自然に指が動くのよね・・・」。春蚕のずり出し(まゆから手で絹糸を引く古の手法)をしながら、昭子さんはそうゆっくりと話す。

生物多様性を脅かす大量の漂着ごみ 「島の食物連鎖に直結する」おそれも

©Choji Nakamoto
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一方、島ではその豊かな生物多様性を脅かす事象が年々、刻々と広がりを見せている。葉だけでなく根や幹もが光合成を行い、西表の自然を最前線で守ってくれているマングローブ林の中には、枝や根元にロープなどが絡まり、先から枯れてしまっている樹が。また島の北向きの海岸には、北風が吹く季節になると大量の漂着ごみが打ち寄せる。回収には島民ボランティアや町の担当課が当たっているが、とても追いつく量ではない。

こうした状況を専門家は「そこに生息するヤドカリやスナガニといったいろんな希少生物、あるいはウミガメなどの生物の体内に有害物質が取り込まれている」と分析。さらにそれは「ヤマネコを頂点とする島の食物連鎖に直結する」と警告する。

そのイリオモテヤマネコの推計個体数は現在、約100匹。1978年に最初の交通事故が確認され、2018年には9匹が命を落とした。西表はネコ科の野生生物が住む島としては世界最小の島であり、「それは本当に奇跡だと言われています」と保護運動家。近年はヤマネコの人慣れや道路慣れが指摘されているが、40キロ以下で走行してさえいれば、ヤマネコが急に飛び出して来たとしても事故は防げる。島の幹線道路にはあちこちに「ヤマネコ注意」の看板があり、レンタカー利用者への注意喚起を怠らない。そこには、奇跡のような命を守り抜く、島民の決意が表れているように思えた。

コロナ禍で撮影3年 多くの人に「島の本当の素晴らしさ」を知ってほしい

©Choji Nakamoto

撮影を振り返って仲程監督は、「コロナ禍をくぐり抜けたこの3年。3年なんて長い長い島の歴史から見れば、大河の一滴だ。僕たちが出会った自然や人は、西表島の大いなる営みのほんの一部分に過ぎず、『知っている』なんて言葉は口が避けても言えないけれど、それでもこの島の『本当の素晴らしさ』を少しでも多くの人に知ってもらいたい」と話す。そうした思いからユーチューブ上での無料公開に踏み切った。

キーン・ジャパンは映画の製作に合わせて立ち上げた「Us 4 IRIOMOTE(Us=私たち、4=知ろう、守ろう、話そう、残そうの4つのキーワードを意味する)」と題したプロジェクトを通じ、チャリティーTシャツやグッズなどを販売している。また同社は環境保全や気候正義のみならず、災害支援やジェンダー平等など社会正義への取り組みを「キーン・エフェクト」として行っている。

ヤマネコは3万年前から住んでいる。人間はたかだか4000年。後から来てえばるのはおかしい。

「西表の自然界を考えると、ヤマネコ、3万年前から住んでる。イリオモテボタル、これも3万年昔から住んでる。人間はたかだか4000年前からしか西表に住んでないわけよ。後から来た新しいひとだからね。そりゃあ当然、ヤマネコやイリオモテボタルやいろんな生きものに敬意をはらわんといかんさ。今は後から来た人間がえばって、これはどう考えてもおかしいことでね」

映画の中盤、金星さんは訥々と語る。

7月22日の公開以来「生生流転」の再生回数は日に日に伸び、8月2日現在、既に1万4000回を超えている。事務局によると、視聴者からは、「やはり映画館の大画面で観たい」という声も多く寄せられており、「何らかの形での映画館での上映も考えている」という。だがその前に、まずはYouTubeの画面からも十分に伝わる島の映像美に存分に触れ、そこに生きる人々の言葉をゆっくりと噛みしめてもらいたい。

©Choji Nakamoto

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