故障リスクと背中合わせも「怖がったら悔いが残る」 ロッテ荻野の盗塁哲学

ロッテ・荻野貴司【写真:荒川祐史】

2010年のデビュー以来12年連続2桁盗塁の球団新記録

ロッテ井口資仁監督が「彼の存在はデカい」と隠すことなく称える男がいる。プロ12年目のシーズンを戦うベテラン外野手、荻野貴司だ。

6月22日の本拠地・ソフトバンク戦。5回に今季10盗塁目となる二盗を決め、デビューから12年連続2桁盗塁の記録を打ち立てた。長いプロ野球の歴史を振り返っても、わずか4人目。ロッテに限れば球団史上初の偉業だったが、当の本人は「目標にもしていなかったです。そんな記録があるとも思っていなかったので。気付いたら記録を達成していました」。爽やかな笑みを浮かべなると、サラリとそう言った。

社会人野球の名門・トヨタ自動車から2009年ドラフト1位で入団。同2位はトヨタ自動車のチームメート、大谷智久(現育成投手コーチ)だった。社会人で遊撃手から外野手に転向すると、小柄ながらパンチのある打撃と快足で日本選手権、都市対抗野球で活躍。スカウトの注目を集めるようになったが、「プロを意識し始めたのは社会人になってから。大学の時もないですね」と明かす。

高松塚古墳や飛鳥寺で名高い奈良県明日香村の出身。中学時代はボーイズリーグの橿原コンドルに所属したが、野球に対するモチベーションは「なかったですね」と苦笑いする。

「急に硬式野球を始めたので、体のあちこちが痛くなったり怪我をしたり。体が小さいこともあって、あまり上手くいきませんでしたね。ほぼ幽霊部員。正直、上手くなりたいとか試合に出たいとかいう想いもなくて、ほとんど諦めていた感じだったんです」

ただ、野球を好きな気持ちはあった。そこで勉強に熱を入れて、公立の進学校・郡山高に入学。迷わず硬式野球部の門を叩いた。

「高校で野球を続けた理由? なんですかね? ボーイズのレギュラークラスは野球推薦で強豪私立に行っていたので、僕は勉強と野球を両立できる高校で、私立に行った選手と対戦したいなと思ったんですよね」

公立野球部ではトップを争う郡山高は、春夏合わせて12度の甲子園出場歴を持つ。荻野は2年夏からレギュラーとなったがベスト8の壁を破れず。最後の夏は決勝で天理高に敗れ、準優勝に終わった。

俊足が頭角を現し始めたのは、関西学院大でのこと。1年秋から遊撃レギュラーを掴むと、走攻守で活躍。4年春の2007年には17盗塁を記録し、23年ぶりに関西学生リーグの歴史を塗り替えた。ただこの時、「14年後、プロ野球選手として活躍するキミは球団新記録を樹立するんだよ」と荻野に伝えても、信じることはなかっただろう。

幽霊部員からプロ通算235盗塁の韋駄天に「ゆっくりやっていけばいい」

中学時代の幽霊部員は、いまやロッテが誇るスピードスターに成長した。「野球って多分、そんなに急がなくても、年齢が上がっても上手くなれるスポーツ。中学や高校で試合にバリバリ出ていなくても、大学や社会人から出てくる人もいますから。ゆっくりやっていけばいいんじゃないかと思います」という言葉には、大きな実感がこもる。

荻野と言えば盗塁。そんなイメージが強いが、意外にも盗塁に対するこだわりはないという。

「あんまりないですね(笑)。全員ができるわけではないとは思います。足の速さだったり、その時のシチュエーションだったり、ピッチャーにかかるプレッシャーだったり、盗塁が成功するための要素はある。アウトになれば試合の勝敗を左右しますし、すごくリスクは大きいし、体に掛かる負担も大きいです。そう考えると、盗塁は難しいことではありますよね」

今季前半を終えるまで、通算235盗塁を積み重ねた。リスクを厭わず、一つ前の塁を果敢に目指すプレースタイルは、常に怪我と隣り合わせだ。故障箇所は膝、大腿部、肩、脇腹、指など多岐にわたる。

「怪我をしないように日々のケアをしっかり心掛けていますけど、怪我を怖がって自分の力を出せないのも悔いが残る。怪我をしないようにプレーするというよりは、個人的には精一杯のプレーをして怪我をしたらしょうがないと思っています。運もありますから」

ロッテは今季、1974年以来となるリーグ優勝からの日本一を目指し、好位置につけている。戦国模様のパ・リーグを勝ち抜くためにも「1番・荻野」を欠くことはできない。井口監督も「いかに荻野に怪我をさせないか」を後半戦のカギに挙げるほど。指揮官から寄せられる厚い信頼を感じているからこそ、「1つ先の塁を狙いながらも、状況をしっかり見極めて、無理をしなくていいところは無理をしない。そういう割り切りもしていきたいと思います」と話す。

球団新記録を作っても、優勝を巡る熾烈な争いが待っていても、後半戦に臨む姿勢はいつもと同じ。「しっかり自分の役割を果たしてチームに貢献できるよう頑張ります」。今年11月、ルーキーイヤー以来となる11年ぶり日本一をつかんだ時こそ、この笑顔のポーカーフェースが大きく表情を変える時なのかもしれない。(佐藤直子 / Naoko Sato)

© 株式会社Creative2