「脱炭素社会を問う」求められる気候正義の視点とは? 気鋭の経済思想家と温暖化研究の第一人者が徹底討論

2020年9月、米西部カリフォルニア州フレズノ近郊の山火事現場。米国では熱波の影響で山火事が増加傾向だ(AP=共同)

 昨年、菅義偉首相が「2050年までに温室効果ガスの排出を全体としてゼロにする」と宣言、脱炭素社会の実現を目指すと表明した。果たして日本で脱炭素社会は実現できるのか、実現に求められるものは何か―。経済成長の限界や環境破壊を招いた資本主義が抱える問題を論じた著書「人新世(ひとしんせい)の『資本論』」がベストセラーになった気鋭の経済思想家、斎藤幸平・大阪市大准教授と、地球温暖化研究の第一人者、江守正多・国立環境研究所地球システム領域副領域長が徹底討論した。(共同通信=井田徹治)

 ▽常識が変化

 ―温暖化対策の遅れが指摘されていた日本でも急に脱炭素の議論が盛り上がっています。それをどう見ていますか。

 江守 研究者として過去30年間、この問題に関わっていますが、一般社会の関心は低かったと思います。2015年に地球温暖化防止のためのパリ協定ができた時も、その中で「今世紀後半に目指す」とされた温室効果ガスの排出ゼロなどできるはずがないでしょう、という反応がほとんどでした。それが大きく変わったのは、豪雨や干ばつなど地球温暖化の被害が顕在化してきたことが一方にあります。その一方で、人間が温暖化を引き起こしているという科学の結論が明確になったこと、対策として最も重要な再生可能エネルギーの価格が急低下したことなどが大きいでしょう。常識の変化を実感しています。

江守正多氏(左)と斎藤幸平氏

 斎藤 2011年の東京電力福島第1原発事故の時には私はドイツで研究をしていました。ドイツでは反原発のデモが各地で盛り上がり、私も参加しました。事故とその後に続くこのような動きが、メルケル首相に脱原発を決断させました。日本では残念ながらそういう方向には動きませんでしたが。気候変動の問題に関しては、スウェーデンの環境活動家グレタ・トゥンベリさんらに代表される若者の活動が大きく盛り上がり、政府を動かす力になって政策が大きく動きました。日本は原発事故後も変わることがなく、脱炭素の動きも結局は外圧頼みなのが残念です。

 ▽政策の決め方

 ―日本の脱炭素を巡る議論には上滑りで危うい部分もあるように思いますが。

 江守 温暖化対策にはエネルギー政策が重要なのですが、日本のエネルギー政策の決め方には強い違和感を覚えずにはいられません。政策を議論することになっている審議会は、「環境派」と「経済派」みたいに分かれていて、自分の組織のために発言するポジショントークが多く、結局は関係省庁の省益と政治的な力関係で決まっています。市民の意見がまともに反映される仕組みも存在しません。地球温暖化を論じる際、原因を作った人と被害者とが別々で先進国と発展途上国の間の不公平、世代間の不公平があるから、それを正そうという「気候正義」の考え方などの倫理問題が重要です。海外では政策議論の中でもこれが語られることが多いのですが、日本では残念ながらそういう議論は一切出てきません。欧州では抽選で選ばれた市民が集まって議論を戦わせ、そこから出てきた提言を政策決定者が可能な限り尊重して温暖化対策を決めるという「気候市民会議」も始まっています。

気候変動枠組み条約第25回締約国会議(COP25)が開かれているマドリードで、若者らが地球温暖化対策の強化を求めた大規模デモ=2019年12月(AP=共同)

 斎藤 同感です。日本だけではありませんが、環境と経済の両立、グリーンな成長をしよう、そのためのイノベーションを起こそうとかいう点に議論がとどまってしまっていて、脱炭素という重要な問題が、単なる経済的、技術的な問題に矮小(わいしょう)化されています。日本の経済界が熱心な持続可能な開発目標(SDGs)にしても、社会と経済の抜本的な変革が必要だとの根本にある精神を無視し、経済成長、金もうけの手段にしようという形での議論の盛り上がり方に懸念を抱いています。真に必要とされる変革から人々の目をそらす手段になっています。本の中で「SDGsは大衆のアヘンだ」と批判したのはこのような意味です。本当に必要なのは、経済成長や技術革新そのものを問い直すことなのです。

 ▽問われる「成長」の姿

 ―これまで環境を犠牲にし続けてきた経済成長の在り方自体が問われているのでしょうか。

 江守 エネルギー技術の脱炭素化やIT活用を含む経済の脱物質化によって温室効果ガスの排出を減らしつつ、成長をしていこうという「デカップリング」という考えがあります。これまで温室効果ガスの排出量の増加と経済成長は歩調を合わせてきたのですが、最近になって、日本を含め、多くの先進国で、経済成長をしながら、排出は減る、という事態が起こっていて、デカップリングが起こり始めています。再生可能エネルギーの普及と拡大が大きいと思います。この考えでいくと、排出が減れば、国内総生産(GDP)は増えていいし、人間は便利であり続けていい。昔の生活レベルに戻ろう、という議論は、人々に温暖化対策のために我慢を強いるものと受け止められ長続きしないのではないでしょうか。

神戸製鋼所の子会社が建設計画中の石炭火力発電所。産業界の中にも二酸化炭素の排出量が多い石炭火力に批判的な見方が強まっている=3月、神戸市灘区

 斎藤 私は脱炭素社会実現のためには、デカップリングによる経済成長では不十分で、経済成長という考え方から脱する「脱成長」まで行かなければいけないと考えています。世界の産業革命以来の平均気温の上昇を1・5度に抑えるためのシナリオを検討したモデルの中に、エネルギー需要を40%とか大きく減らしていけば、実現できるというものがあります。今の日本の議論のように、再生可能エネルギー、電気自動車(EV)や水素飛行機さえあれば、脱炭素のもとでいつまでも成長が続けられると考えるのは間違いです。次々と新しいEVを買いましょう、海外旅行もたくさんしましょうとなったら、エネルギー消費は増え続けるし、長時間労働もなくならず、おそらく格差もなくなりません。EVの電池に必要な鉱物資源は発展途上国で産出しますが、これを採掘し続けることで、途上国の環境破壊と人権侵害が続くだろうと思います。そんなことが起これば本末転倒です。

江守正多氏

 江守 既に現在の経済成長は、単に金をもうけてぜいたくするためというより、企業の生き残りと雇用の確保のために成長しなければならないと追い立てられているようにみえます。脱成長ではなくても、経済成長しながらも、もうこれ以上、自動車や大きな家はほしくない、という脱物質主義のような生き方があるのではないでしょうか。脱物質化はしても、サービスとか娯楽とかITとかでデカップリングをしながら経済成長をするというのは資本主義を前提としてもあり得るのではないかと思います。

 斎藤 脱炭素のための技術開発や脱物質主義をという点には賛成です。しかし、それでも成長をし続けなければならないという資本主義のシステムが残っていたら、脱炭素をしても、資源やエネルギーの消費量は増えてしまう。格差や過労死もなくならず、ジェンダーの不平等もなくならない。規制緩和や社会保障費削減によって、脱炭素技術開発を促進しようという話になりかねないのです。

 ▽限られた時間

 ―現在の消費のレベルを下げなければ問題は解決できないということですね。

 斎藤 途上国の消費はまだ増やす必要があるので、先進国は減らさなければなりません。温暖化対策を求めるグレタさんらの運動の中にも、成長にブレーキをかけて別の形の経済を回そうという脱成長の考えがある。SDGsも「それを使って成長しましょう」ではなく、そういう根本的な変革を目指す動きの第一歩にするべきなのです。

 江守 「時間軸」というものを考慮することが重要ではないでしょうか。産業革命以来の気温上昇を1・5度に抑えるという目標達成などのためには、早急に国中のエネルギーや交通のインフラを入れ替えなければならない。そのためには資本主義の下で、市場の力を使って、排出を減らす技術を普及させることがないと、限られた時間の中での脱炭素は実現しないのではないかと考えています。

斎藤幸平氏

 斎藤 新型コロナウイルス禍で各国政府が行ったのはロックダウンなど強力な市場への介入でした。脱炭素でも必要なのはこのような市場の制限でしょう。どこかから排出枠を購入して削減にあてるカーボンオフセットなどは、富裕層がこれまでの生活を続ける言い訳となります。また技術の開発・普及には長い時間がかかるので、飛行機移動や肉食に制限をかけるといった、今すぐにでもできる措置が必要でしょう。技術に過剰な期待をすることは、むしろ問題解決先送りの口実となると危惧しています。

 ―脱炭素社会を実現するために重要な視点は何でしょう。

 江守 最初は炭素税や規制など市場への介入が必要だが、あるポイントを超えると「そっちの方が得だから」と環境保全に関心のない人も新しい方向に向かう形で高炭素経済は内部崩壊するという議論があります。それが今、再生可能エネルギーの分野などで起こっているのではないでしょうか。中央集権的な巨大技術ではなく、ITの活用を含め地域分散型の再エネなどオープンで民主的な技術の活用に期待しています。

温暖化対策の強化を求めデモ行進する環境活動家グレタ・トゥンベリさん(手前左)=2019年9月、ニューヨーク(ゲッティ=共同)

 斎藤 もちろん、ある程度までの脱炭素はEVや再エネで実現できるでしょう。ただ、持続可能な社会を築くにはエネルギーの脱炭素だけでは不十分だという視点も重要です。世界全体で衣食住を含めて最後まで脱炭素を進めるためには、私たちはどこかで資本主義的消費社会そのものを抜本的に変えねばならないのです。脱炭素の動きを、現代のグローバル資本主義が抱える多くの問題を包括的に解決してゆくきっかけにするべきです。この問題を炭素の話だけに限っていては解決できないし、炭素の話だけに限るのはもったいないように思います。

 江守 残された時間は少ないという認識が必要ですが、「炭素の話だけでない」という点には同意します。排出量が大きく減った時に、それがどれだけ幸福な社会かを考え、目指すビジョンをみんなで議論する必要がありますね。

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 えもり・せいた 1970年神奈川県生まれ。地球温暖化の予測とリスク論が専門。気候変動に関する政府間パネル(IPCC)第5次評価報告書主執筆者の一人。2021年4月から現職。著書に「異常気象と人類の選択」など。

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 さいとう・こうへい 1987年、東京都生まれ。経済思想史が専門、ドイツ・フンボルト大で博士号取得(哲学)。優れたマルクス研究に贈られる2018年「ドイッチャー記念賞」を日本人初、史上最年少で受賞。17年4月から現職。「人新世の『資本論』」で新書大賞を受賞。

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