残酷な事実、心が痛んでも知る勇気を 俳優の石原さとみさん 被爆76年インタビュー

 テレビ番組の撮影を通じて被爆者や戦争体験者と出会ってきた俳優石原さとみさん(34)は今年5月、大切な人たちの体験や核兵器廃絶の願いを胸に、長崎で東京五輪の聖火ランナーを務めた。プライベートでも交流を続け、被爆地などを訪れる石原さんは、平和を実現するためには残酷な事実を知る勇気を持つ必要があると語る。(共同通信=磯田伊織)

インタビューに答える石原さとみさん

 ▽「知らないこと」が多すぎる

 ―これまでどのような人々と会ってきたか。

 2008年にテレビ番組の撮影を通じて、長崎の被爆者本多シズ子さん(87)と出会いました。また、戦後もフィリピンの島に潜伏した元陸軍少尉の小野田寛郎(おのだ・ひろお)さん、アフリカの元子ども兵の方たちともお会いしました。

 ―戦争体験者との交流を通じて感じたことは。

 いろいろな角度から話をうかがう中で、戦争ほど残酷でおぞましいことはないと思いました。人間同士でなぜこんなことができるんだろうという疑問も浮かびます。殺人を合法化して、むしろ薦めるのが戦争だと感じました。

 ―印象に残っていることは。

 被爆者の皆さんと直接会い、話を聞くと言葉を失うぐらい苦しくなりました。今まで自分が学校で学んできたことや、テレビで見てきたことより何百倍もつらく、怖いことだと知りました。特に印象に残っているのは被爆者の方々が当時を再現した劇です。当時着ていた服の傷まで再現して演じる姿に、声にならない声が発せられている気がしました。

 ―その後はプライベートでも交流を続け、被爆地などにも足を運んでいる。その原動力は。

 知らないことが多すぎると思うからです。本多さんと会っても、小野田さんと会っても、アフリカの元子ども兵の皆さんと会っても、毎回知らなくてはいけないことがたくさんあると実感します。

 ずっと頭に残っているのは、中学生の時に読んだ灰谷健次郎さんの「太陽の子」という小説の中にある「知らなくてはならないことを、知らないで過ごしてしまうような勇気のない人間になりたくない」というフレーズです。母親からも「分からないことは、分からないと言いなさい」とよく言われていました。

インタビューに答える石原さとみさん

 ▽「事実」に向き合う勇気

 ―「知らなくてはいけないこと」を知るために必要なことは。

 今は情報は勝手に入ってきて、自分に都合のいいものだけを集められる時代です。ですが平和を願う時には、世の中の良い面、ハッピーな部分を見たり感じたりするだけでなく、その裏側も知る必要があります。

 ショッキングな事実に向き合う際には勇気が必要で、最初は筋肉痛のような痛みがありましたが、徐々に鍛えられました。知らなくてはいけないことがこれだけあるのに、知ろうとしない臆病な人間にならないように、勇気を出すようにしています。

 ―戦争体験者の高齢化が進んでいる。

 私たちは被爆者の声を直接聞ける最後の世代です。人の生の声に勝るものはありません。オンラインでもいいので、世界中の子どもたちが被爆者と対話できる機会を増やしてほしいと思います。

 ―核廃絶について考えることは。

 本多さんと交流を続けているうちに、本多さんが私のことを『友達』と呼んでくれるようになりました。関係性が深まるにつれ、友達を苦しめた原爆や戦争を許せないという気持ちはより強くなっています。また、今年1月には核兵器禁止条約が発効しました。ゴールはまだまだ先ですが、被爆者の方たちの願いが一歩前進したと思います。

 ▽「友情」で世界平和を

 ―どのような思いで聖火ランナーを務めたか。

 本多さんなど、今まで出会ってきた大切な方々の体験や世界平和、核兵器廃絶の願いを伝えたいと思って走りました。

長崎市の平和公園でスタートする聖火ランナーの石原さとみさん。奥は平和祈念像=5月

 ―走り終えて感じたことは。

 走った後にアフリカの元子ども兵の皆さんやその家族がメールをくれ、私がランナーとして走ったのと同時刻に、私を応援して長崎に向かって走ってくれていたと知りました。同様にギリシャ、ニューヨーク、ロンドン、香港、タイ、韓国の友人らも連絡をくれました。同じ時間に同じ方向を向いて、同じ願いを持っていてくれる人がいると思うと、とても感慨深く涙が出ました。

 私が走ったことは他人から見たらたかだか数分の出来事だったかもしれませんし、私が原爆について勉強して理解したところで、起きてしまった事実は変えることはできません。でも、私自身はとても大きな変化を感じました。

 ―平和実現のために必要なことは。

 平和の反対にある争いや戦争は、お互いの理解不足や無知から生まれていると思います。相互理解の鍵になるのが『対話』ではないでしょうか。相手の話を聞いて自分の話もして関係性を深め、理解できたら「友達」です。私は各大陸に1人ずつでも友達ができたら世界平和が実現できるのではないかと心の底から思っています。だからこそこれからも理解し合える友情をつくり、世界平和や核廃絶という同じ願いを持つ人を一人でも増やせる人生にしていきたいです。

 

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 いしはら・さとみ 1986年東京都生まれ。ドラマ「恋はDeepに」など出演作多数。

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