<社説>長崎「原爆の日」 禁止条約に背を向けるな

 長崎は被爆から76年の「原爆の日」を迎えた。田上富久市長は平和宣言で、政府に今年1月に発効した核兵器禁止条約の批准を求める。6日に松井一実広島市長も批准を訴えた。 菅義偉首相は広島で開かれた「原爆死没者慰霊式・平和祈念式」後の会見で条約参加を否定した。被爆地をはじめ国内外から批准を求める声に背を向ける姿勢に、強く抗議する。唯一の被爆国として核禁止条約への署名・批准と、来年1月にも開かれる第1回締約国会議へオブザーバー参加すべきだ。

 広島の式典あいさつで菅首相は核禁止条約には触れず「核拡散防止条約(NPT)体制の維持・強化が必要だ」と強調。唯一の戦争被爆国として核廃絶に尽力することの大切さを説く部分の原稿を読み飛ばし、肝心のメッセージが伝わらなかった。

 被爆者団体の面会後の記者会見で、条約は米国などの核保有国から支持を得られていないとし「署名は現在考えていない」と条約に背を向けた。

 政府内には「米国の『核の傘』に守ってもらいながら、一方でそれを否定するのは政策が矛盾する」という考えがある。しかし、安全保障を米国の「核の傘」に依存する考えは幻想である。

 核軍縮の必要性を認識する米国の元高官がいる。その一人がウィリアム・ペリー氏だ。1990年代のクリントン米政権で国防長官を務めた。沖縄戦の翌年、陸軍工兵隊員として来沖している。破壊し尽くされた沖縄で人生で忘れることのできない二つの教訓を得た。一つは「戦争には栄光が存在しない」こと。もう一つは「将来的に核戦争が起きれば、それは死と破壊のみである」(「核戦争の瀬戸際で」)

 今年1月に就任したバイデン米大統領は、昨年8月に原爆投下から75年に合わせ「核兵器のない世界という究極の目標に再び取り組まなければならない」と決意表明した。

 膠着(こうちゃく)状態に陥っている米ロ間に残された唯一の軍縮条約、新戦略兵器削減条約(新START)の延長を目指す考えを示すなど、軍縮への意志を鮮明にした。

 過去の核軍縮は国際的な緊張が高まる中で、核大国の指導者が歩み寄ることで緊張緩和を実現したことを忘れてはならない。

 核禁止条約は前文で「ヒバクシャの受け入れ難い苦しみに留意する」と明記し、核兵器の非人道性を指摘している。核兵器の開発や実験、保有、使用などを禁止。使用の威嚇も禁じることで核抑止力を否定した。

 政府は核保有国と非保有国の橋渡し役を果たす考えを強調する。「橋渡し役」を果たす最も効果的な方法が、人道的視点から核兵器の禁止を目指す核禁止条約を批准し、軍縮を可能とするための国際社会を対立から協調的な環境へと整えることだ。

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