ニューヨーク2番街の奇跡

 

2番街地下鉄の96丁目駅を出発する古参車両R46

 【汐留鉄道俱楽部】計画が1929年に公表されて以来、着工の先送りを繰り返して「永遠に開通しない地下鉄」と揶揄(やゆ)された米国ニューヨークの中心部マンハッタンの通称「2番街地下鉄」。一部区間が2017年1月に開業し、映画「34丁目の奇跡」の舞台となった国際都市に「2番街の奇跡」と呼ぶべき出来事が加わった。

 私は共同通信のニューヨーク支局駐在中の15年に建設現場を取材してご紹介していただけに「汐留鉄道俱楽部」の拙稿「潜入!これがNY地下鉄の建設現場だ」(https://www.47news.jp/47reporters/tetsudou/4904.html)、乗車を心待ちにしてきた。ワシントン支局に着任して新型コロナウイルスワクチンの接種を完了。今年6月にニューヨークを再訪して念願がかなった。

 ニューヨークの都市圏交通公社(MTA)が運行する2番街地下鉄は、マンハッタンのイースト川に近い地域を南北に結ぶ大通り「2番街」の地下に建設。ハーレムの125丁目駅とハノーバースクエアの約14キロを結ぶ計画で、計画公表当初は1938~41年の開通を見込んでいた。しかし、第2次大戦や財政難などで遅々として進まなかった。

 このため、世紀を越えて2007年4月になって第1期の建設を始めた際には、「ニューヨーク市民の多くが2番街地下鉄の計画自体を忘れていた」という冗談話があるほどだ。開通は07年時点で想定していた13年からずれ込んだが、それまで塩漬けになっていた期間に比べれば誤差の範囲と言えよう。

 晴れて開業したのは既存駅のレキシントン通り63丁目駅から2番街へと進み、96丁目までの3・2キロ。建設費は45億ドル(約5千億円)弱に上り、日本の地下鉄が近年は1キロ当たり200億~300億円程度とされるのに比べても桁違いに高い。

 この区間はアッパー・イースト・サイドと呼ばれる「億ション」(1室当たりの分譲価格が1億円を超えるマンション)が立ち並ぶ高級住宅地を走る。流行に敏感な女性が好む飲食店や物販店も多く、ドラマ「ゴシップガール」の舞台となった。

 2番街地下鉄は既存路線「Q線」の一部として運転され、レキシントン通り63丁目駅から南下して繁華街のタイムズスクエア、ユニオンスクエアなどを通り、イースト川を渡ってブルックリンへ向かう。

 私が乗り込んだQ線の96丁目行き電車は、米国にかつて存在した鉄道車両メーカー、プルマンが1975~78年に製造した「R46」だった。川崎重工業が生産する次世代車両「R211」に置き換えられる予定の古参車両が、ニューヨーク地下鉄の最新路線に乗り入れるギャップが面白い。

 レキシントン通り63丁目駅からの延伸区間は、シールド工法で掘削した円筒形のトンネルが続く。15年に工事現場を案内した当時のMTAキャピタル建設社長、マイケル・ホロディナイチャノウ氏(現ニューヨーク大教授)は「枕木の土台にはゴムを挟んでおり、電車が走っている時の振動を抑えることができる。周辺住民に配慮し、乗り心地も向上する」と説明していた。

 映画「スタンド・バイ・ミー」の場面のように敷設された線路に沿って歩いた際、コンクリート製枕木の間を踏みながら進むのが案外難しかった。その場所を地下鉄でスムーズに進んでいるのは感慨深い。

 2分後に72丁目駅に着き、続いてメトロポリタン美術館が近くにある86丁目駅に到着。この先で分岐器を渡って反対側の線路へ移り、現在の終点の96丁目駅のプラットホームに滑り込んだ。レキシントン通り63丁目駅から5分ほどで着いた便利さを実感する一方、「この距離に計画発表から88年もかかったとは」と改めて驚く。

 気付いたのは新設された72丁目、86丁目、96丁目のいずれの駅も同じような設計であることだ。島式のプラットホームが1面あり、天井がドーム状になり、改札口があるコンコースまで吹き抜けになっている。明るく開放的な雰囲気は、天井が低くて薄汚れた駅構内をドブネズミが徘徊(はいかい)しているニューヨーク地下鉄のイメージとは一線を画す。

 96丁目駅のコンコースへ向かうエスカレーターと階段の上部には、標語が記されている。その一つの「E PLURIBUS UNUM」(エ・プルリブス・ウヌム)はラテン語で「多数から一つへ」の意味で、米国の「多州からなる統一国家」を指す。 

車内で会った女性がカバンに入れて連れていた子犬

 そんな多様性を実感できる光景が、折り返す電車の車内でも見られた。座席に腰掛けていると、子犬をカバンに入れて連れている白人女性が歩いてきた。「とてもかわいい犬ですね」と言うと、「ありがとう。この子は韓国からやって来たのよ」と教えてくれた。さらに、小さな子どもを連れた黒人女性も乗り込んできた。

 第2期ではハーレム地区にある125丁目へ北進し、途中に106丁目、116丁目の両駅を設ける計画で、実現すれば利用者層が一段と広がりそうだ。しかし、第2期の建設費は60億ドルと試算されており、1キロ当たり22億ドルと「世界一高額な地下鉄計画」(地元メディア)とされる。予算獲得に難航しており、建設が進むめどは立っていない。 

96丁目駅のコンコース(上)とプラットホーム。「エ・プルリブス・ウヌム」や「エクセルシオル」の標語が記されている

 96丁目駅に掲げた標語には、ラテン語で「常に向上する」や、「より高く」を意味する「EXCELSIOR」(エクセルシオル)もあった。あの言葉は2番街地下鉄を延伸させるという向上の意志を示していたのか、それとも建設費がより高くなる暗示だったのだろうか!? 

 ☆共同通信・大塚圭一郎(おおつか・けいいちろう)共同通信社ワシントン支局次長。15年の拙稿で「建設現場の第2弾をお伝えする日は、2番街地下鉄の開業より近いはず!?」と意気込みましたが、敗北して開業後をご紹介することになりました。

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