優秀な海外人材集める「就業ゴールドカード」 台湾政府が発行、累積2千枚に【世界から】

1000枚目の就業ゴールドカードを贈呈する蔡英文総統(右)=2020年9月28日 (c)Taiwan Presidential Office

 外国から優秀な人材を集めるために台湾政府が2018年から発行している「就業ゴールドカード」。これ1枚で労働と居住の許可を得られるだけでなく、特定の就職先を持たずに働くことができる。国民健康保険への加入や課税優遇措置も約束される。2021年の上半期、3カ月で過去最高の500枚以上を発行し、累積発行数2000枚を達成したと台湾の政府系ニュースサイト「Taiwan Today」が報じている。(共同通信特約ジャーナリスト=寺町幸枝)

 ▽深刻な海外への人材流出

 中国との摩擦による政治不安が続く台湾では、海外移住を考える人が後を絶たない。2019年に台湾の世論調査会社が成人約1200人を対象に行った調査によると、約11%が留学または就労のために海外で生活した経験を持ち、留学先のほとんどが米国、カナダ、中国だった。留学経験者の大半は海外の高校または大学に進学し、調査に答えた人の約50%が「台湾の教育や就労の質に懐疑的」だという。

 台湾の海外在住経験者は259万人で人口の約10%に上る。一方、海外在住の日本人は現在135万人強で人口の1%ほど。台湾は日本と比べて海外経験を求める割合が極めて多いことが分かる。

 中国との摩擦だけでなく、実質賃金の伸び悩みも人材流出の原因の一つだ。経済協力開発機構(OECD)などによると、2019年の台湾の年間平均所得は約160万円で日本よりも約28万円少ない。1位米国(約767万円)の5分の1ほどだ。

 英調査会社オックスフォード・エコノミクスの2019年のリポートによると、台湾は主要46カ国・地域の中で「最も人材が不足している地域」とされた。その上、台湾から海外に流出する就労者の6割が「専門人材」。専門分野の知識や経験者不足に拍車がかかる可能性が高い。

就業ゴールドカードのサンプル (c)Taiwan Employment Gold Card Office

 ▽台湾政府の戦略

 こうした人材流出を補うために台湾政府がとった施策が、2018年2月に施行された「外国専業人材延攬及雇用法(外国籍専門人員募集および雇用法)」に基づく就業ゴールドカードの発行。優秀な外国人を台湾に集め、専門知識や技術を移転させるだけでなく、台湾経済を活性化させ、人口流出にも歯止めをかける狙いだ。

 これまで、外国人が台湾に移住し仕事を持つには、就業と在留でそれぞれ外交部と移民局といった別々の機関への申請が必要だった。一方、就業ゴールドカードの申請は専用ウェブサイトで「たった15分で申請できる」とうたわれており、申請のハードルを下げる工夫が凝らされている。就業ゴールドカード保持者向けのイベントも随時開催し、国を挙げて人材の確保と維持に力を入れている。

就業ゴールドカード保持者向けのイベント (c)Taiwan Employment Gold Card Office

 カードの特徴は「労働許可証、居住ビザ、外国人居住許可証、再入国許可証」を1枚に収めたこと。これ1枚持っていれば、就労先企業の事務処理はまったく必要ない。また給与所得のうち300万元(約1200万円)を超過した分は、課税が半額になるという優遇措置が用意されている。さらに扶養家族も健康保険の優遇を受けられる。

 最初の就業ゴールドカード取得者は、ユーチューブの創設者の一人である陳士駿(スティーブ・チェン)氏。台湾系米国人である陳氏は台湾移住後、スタートアップ事業を手がけ、若手人材の育成に尽力している。

プレスカンファレンスで談笑する陳士駿氏(C)Taiwan Employment Gold Card Office

 就業ゴールドカードが取得可能な専門分野は「サイエンスとテクノロジー、経済、教育、文化と芸術、スポーツ、金融、法律、建築」の八つ。台湾就業ゴールドカード事務局の発表によれば、2020年までに発行された1945枚のカードのうち、米国、香港、英国からの専門職の人材流入が57%を占める。日本人に発行された枚数は44枚にとどまっており、台日関係の近さから考えると少ない印象だ。

 昨年9月、就業ゴールドカード取得者と会談した蔡英文総統は「多国籍人材が台湾の産業に加わることによって、台湾の国際化がさらに進み、グローバル競争のためのビジョンと能力が備わると信じている」と語った。

 台湾は2020年、新型コロナウイルスのまん延を抑えることに成功し、世界から脚光を浴びた。その影響からか、2020年に発行された就業ゴールドカードは、18、19年の2年間の2・5倍に当たる約1400枚に達した。

 台湾では現在、新型コロナウイルスが再流行しているが、国家発展委員会(NDC)は7月、台湾在住の外国人専門家の国外流出は見られないと発表。現地新聞の台湾新生報は「パンデミックによる国際的な動きはあるものの、台湾の産業は将来性がある。政府も友好的な環境づくりを推進し続けているため、今後も国際的な人材が台湾に集まってくるはずだ」と報じている。

© 一般社団法人共同通信社