映画『返校 言葉が消えた日』が称賛された理由とは?

公開中の映画『返校 言葉が消えた日』。コロナ渦で予定の時期から延びてしまったが、この夏の台湾映画公開ラッシュの一翼を担う話題作だ。

人気ゲーム「返校 -Detention-」を映画化した、台湾でも数少ない白色テロを大きく扱った作品で、興行収入2.59億台湾ドルを叩き出し2019年の一番のメガヒット、歴代興行成績は12位となった。

金馬奨でも新人監督賞、脚色賞、視覚効果賞、美術賞、オリジナル楽曲賞を獲得。さらに翌年の台北電影節では最高賞の百萬元大賞と長編劇映画賞、ワン・ジン(王淨)の主演女優賞、美術賞、音声賞、視覚効果賞の6部門を受賞した。

『返校 言葉が消えた日』 ワン・ジン©1 Production Film Co. ALL RIGHTS RESERVED.

もととなったゲームはホラーアドベンチャーだが、映画版はホラーというよりファンタジー・サスペンスと言った方が良いだろう。日本公開にあたり、公式はダーク・ミステリーとされている。

戒厳令下の台湾で、ある高校の一部の教師と生徒が禁じられている自由と民主に関わる読書会を行っていたが、それが密告により悲惨な事態を引き起こすという物語。

監督は、これが初の長編となるジョン・スー(徐漢強)。2005年のドラマアワード金鐘奨でミニドラマ監督賞を受賞、金鐘奨史上最年少の監督として注目された。その後数々の短編を作り、初の長編映画『返校 言葉が消えた日』でその地位を決定的にし、2020年の金馬奨ではPRムービーの監督を任されるという、一躍台湾映画界期待の監督となった。

『返校 言葉が消えた日』で自分たちの歴史を知る

金馬影展(金馬映画祭)のQ&Aでは、エグゼクティブプロデューサーのリー・リエ(李烈)が、クランクインした当時は製作費の半分しか資金が集まっていなかったことを明らかにした。プロデューサーとして本作のGOサインを出すのは、かなり勇気の要った決断だったようだ。結果、台湾映画史上貴重な1ページを記すことになるのだから、リー・リエの英断と共に時代の後押しもあったのではないだろうか。

ヒットの要因は色々報道されているが、単に人気ゲームの映画化というだけでなく、台湾の歴史の暗部が描かれていることにより、この時代を知らない若い世代が口コミで映画館へ足を運んだということが大きい。

自分たちの歴史を知ることの重要性、そして今の台湾の民主と自由は決して誰かから与えられたものではなく、多くの犠牲と流された血によって自分たちが勝ち取ったものであることを、この映画で再確認したのだ。

もちろんエンターテインメントとして楽しめる作品になっていることも、間違いない。

新星の誕生……ワン・ジン&ツェン・ジンホア

また、本作からは大きな星が2つ生まれた。主演のワン・ジンとツェン・ジンホア(曾敬驊)だ。

ワン・ジンは、デビュー3年にして高い評価を得て、本作で大ブレイク。いま台湾で一番勢いのある若手女優だ。

小説家としても活躍する才女で、映画やドラマで次々主演、ドラマ「子供はあなたの所有物じゃない(「モリーの最後の日」編)」、「あすなろ白書~Brave to Love~」の主役に続き、映画『アウトサイダー』、『返校 言葉が消えた日』に主演。本作の演技で金馬奨の主演女優賞にベテラン勢の中で唯一の若手ノミネート者となり、台北電影節では見事に主演女優賞を獲得した。

今年台湾で公開された『複身犯(原題)』の後も3本の映画が公開待ちとなっており、2018年のメガヒット映画『悲しみより、もっと悲しい物語』(おうちでCinem@rtで配信中)のドラマ版が、今年台湾で放送という超売れっ子。スケールの大きい女優として成長しそうだ。

一方のツェン・ジンホアは、オーディションで1万人の中から選ばれた新星。涼しげな目元が強い意志を表し、見事にこの時代の学生を体現している。金馬奨で新人賞に、台北電影節では主演男優賞にノミネートされた。

ドラマでは、Netflixで配信中の「次の被害者」で主役のチャン・シャオチュアン(ジョセフ・チャン/張孝全)の少年時代を演じ、台湾語による工事職人たちのドラマ「做工的人(原題)」に出演。

2作目の映画『君の心に刻んだ名前』(Netflixで配信中)で、戒厳令下の時代でゲイの高校生を演じ、多くの女子をキュンキュンさせ感涙を絞った。こちらも超短髪で、クールな目は坊主頭によく似合う。金馬奨の授賞式ではいまどきの若い男の子のヘアスタイルだったのでちょっと違和感を感じたが、現在兵役中なので坊主頭のはず(笑)。制服に坊主頭を妄想しながら、今後を楽しみにしたい。

『返校』のゲームとドラマ

本作を紹介するにあたり、オリジナルのゲームと、あとから作られたドラマにも触れておきたい。

ゲーム「返校 -Detention-」は2017年に台湾のレッド・キャンドル・ゲームズ (赤燭遊戲) からパソコンゲームとして配信され、日本でもGoogleやApp Storeでダウンロードして遊べる。いや、遊ぶという表現より体験できると言う方がふさわしいかも知れない。対応ハードはNintendo Switchがある。

私も台湾で映画を見た後すぐスマホで始めたのだが、何せ怖がりなのでなかなか進めない。しかたなくプレイヤーの攻略サイトを見てしまうというズルをしたことを告白しておく。多くのプレイヤーが絶讃しているように、本当に素晴らしい構成だ。

これを映画化するには、監督も相当悩んだことは、台湾のプレミアで語っていた。「ゲーム版はプレイヤーが自分で進めていくので曖昧な部分も残しておくことができる。しかし映画はドラマ性を考えてゲームの名シーン以外に色々な物語を書き加えていった」なるほど、である。

そして、ゲームでキー・アイテムとなる白鹿のペンダントや壊れた恋を表す歌「雨夜花」などは残して、ゲーム・プレイヤーにも満足してもらえるような設定にしたそうだ。

一方のドラマ版「返校」(Netflixで配信中)は、現在と過去のふたりのヒロインを中心に、時代が交錯しながら展開していく。8話という長尺のため、新たなエピソードも加わりなかなかうまい作りだ。終盤の現在と過去のふたりのヒロインの対峙は緊張感溢れるが、そこにある救いが心を和ませてくれる。

現代のヒロインを演じたリー・リンウェイ(李玲葦)は、今年の大阪アジアン映画祭で上映された『人として生まれる』の演技で薬師真珠賞を受賞した。過去のヒロイン役のハン・ニン(韓寧)と、現代のヒロインを助ける男子高校生を演じたホアン・グァンチー(黃冠智)は、2021台北電影節のSupernovaに選ばれ、これからが期待される。また、7月16日にドラマ版のノベライズの翻訳本が、角川ホラー文庫から出版された。


Text:江口洋子(台湾映画コーディネーター)

Edited:小俣悦子(フリーランス編集・ライター)

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