歌手やモデル、アーティストなど多彩な分野で活躍するコムアイさん(29)は、母方の祖父が広島で被爆したバックグラウンドを持つ。核兵器や原発の問題に強い関心を寄せ、SNSやメディアで積極的に意見を発信。「地球上の誰にも、被爆者と同じ経験をさせてはならない」と語り、同世代に「声を上げよう」と呼び掛ける。(共同通信=野口英里子)
▽命を駄目にする兵器
―家族の被爆体験とは。
母方の祖父は原爆投下当時は広島市外にいたのですが、数日後にがれきの片付けなどをするため市内に入り、被爆しました。私は川崎市出身で、祖父母とは離れて暮らしていたため詳細を聞く機会がなく、代わりに母が祖父の体験と原爆の悲惨さを教えてくれました。
核兵器をより身近な問題として考えられるようになったきっかけは、高校2年のとき、非政府組織(NGO)「ピースボート」が運営する被爆者との船旅に参加したことでした。活動する中で原発問題に興味を持ち、「核の力」が発揮されたとき、どのようなことが起こるのか、被爆者から学ぼうと考えたのです。
乗船した被爆者は10人でした。最初は彼、彼女らを「被爆者」として見ていたのですが、寝食を共にする中で人柄に触れ、考えが変化しました。原爆は「普通の人」の上に落とされたのだと。
20歳のときに広島で被爆した男性の証言が特に印象に残っています。「自分がいかにつらい体験をしたか」ではなく「周りの人を助けられなかった」という目線の話でした。人としての強さ、優しさに感銘を受けると同時に、だからこそ苦しんだのだと気付いたとき、「いとしい人たちの上に起きた出来事を繰り返してはいけない」と強く思うようになりました。
―被爆者の孫というルーツを意識したことは。
10年前、母ががんで他界しました。50歳でした。原爆の影響かどうかは分かりませんが、祖父母が「自分たちのせいではないか」と思い悩まないか心配しました。不安という形で次世代まで影響が続き、家族の中にわだかまりを生む核兵器の残酷さを痛感しました。
「自国を守るためには核は必要だ」と主張する人がいますが、核はあらゆる命を駄目にする兵器。私は、国籍にかかわらず、誰にも被爆者と同じ体験をさせてはいけないと言える人間でありたいです。
▽大切なのは真剣さだけ
―中学3年からピースボートに通っていた。
幼いころから、世界には、恵まれた自分とは異なる環境で暮らしている人がいるということに疑問を持ち、「自分の時間を世の中のために使わなければ」という焦燥感を抱いていました。特に地雷問題に興味を持ち、インターネットで検索したところ、ピースボートを見つけました。放課後に部活動のような感覚で東京都内の事務所に通っていました。
高校に進学してしばらくたったころ、社会活動から足が遠のくようになりました。きっかけは青森県六ケ所村の核燃料サイクル施設に反対するデモへの参加でした。急に「今の自分には社会を変える力がない」と思い込んでしまった。「もっと何かできるはずなのに」という気持ちの裏返しだったのだと思います。
―歌手になった動機はその「力」が得られると思ったからだった。
大学生のときに、知人のホームパーティーで歌手をやらないかと誘われました。音楽経験もなく悩みましたが「声を届ける立場になれるかもしれない」という期待に背中を押されました。
ただ、発言力のある立場になったら、誰かを傷つけてしまうのではないかという恐怖心で、かえって社会的、政治的な発言をしにくくなりました。
表立って発信を始めたのは、新型コロナウイルス禍に陥ったここ1年ほどのことです。在宅時間が増え、考える余裕が生まれました。また、専門家でさえ正しいことが分からない時代に、誤りを恐れて何もしないよりも、自分の意見を述べ、自ら情報を手に入れることの方が重要だと考えるようになりました。
今振り返ると、高校生の私は決して無力ではなかった。スウェーデンの環境活動家グレタ・トゥンベリさんのように、特別な肩書がなくても社会を動かしている人は大勢います。私のような芸能人が大衆に呼び掛けるよりも、同世代間の言葉の方が人の心に響くかもしれない。大切なのは真剣さだけだと思います。
▽人任せにせず
―核兵器や原発の問題は、まだ若い世代に敬遠されがちなテーマだ。
裾野を広げる妙案は思い付きませんが、まずは疑問を持ち寄り、対話できる「場」が必要だと思います。映画などを入り口にしてもいいかもしれません。
確実に言えることは、今の日本は、決して平和な世界を率いる国ではないということ。沈黙して現状を追認しているうちに、日常は脅かされてしまいます。核兵器に関して言えば、使われれば原発事故以上の大惨事になります。原発も、その燃料が核兵器に転用される可能性があります。安全な社会をつくるためには人任せにせず、危ないと思ったら核兵器や原発に反対の声を上げてほしいです。
―音楽活動と平和活動の今後は。
社会課題に関する発信は続けるつもりですが、音楽で自分の主義主張を訴えようとは考えていません。何か意図を持って作っても、良い音楽にはならないからです。音楽は、自分や聴く人の喜びとして追求したい。
音楽のある空間は幸福感で満たされます。自分が理想とする世界を生み出しているという意味では、さまざまな問題を抱える既存の社会を変える行為だと言えるかもしれません。
被爆者やピースボートが目指していた核兵器禁止条約が今年1月に発効し、私も勇気をもらいました。音楽で人に幸福感を与えることと、社会に直接働き掛けることの両輪で、平和な世界の構築に貢献していきたいと思っています。
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こむあい 1992年川崎市生まれ。2012年から音楽グループ「水曜日のカンパネラ」のボーカル。モデルやアーティストとしても活躍。