崖っぷちから一転「しゃきっとする」鳥取の県立高  入学者数1・6倍にした〝秘策〟

鳥取県西部の山あいにある県立日野高=2021年4月

 少子化で全国の高校は生徒数確保に頭を悩ませている。特に地方は状況が深刻で、統廃合により地域の高校が消滅することもある。そんな中、大山のふもとにある鳥取県の公立高校が注目を集めている。2年連続で新入生が定員の半分に満たない〝崖っぷち〟から一転、2021年度の入学者数を前年度の1・6倍にしたのだ。どんな秘策を使ったのか。先生や生徒、保護者を取材し、探ってみた。(共同通信=遠矢直樹)

鳥取県立日野高のパンフレットを手にする坪倉寿樹校長=4月

 ▽「地域から学校がなくなる」

 県西部の山あい、人口約3000人の日野町にある県立日野高(坪倉寿樹校長)は、江府町、日南町との3町からなる日野郡で唯一の高校だ。全校生徒は100人弱。定員は1学年76人だが、近年は定員割れが続く。2019、20年の入学者数はそれぞれ29人、27人と半分にも満たなかった。

 県教育委員会は16年に定めた基本方針で、小規模校の取り扱いを決めた。それによると、入学者数が2年連続で定員の半分を切った場合は「分校化や再編、全国からの生徒募集など新たな特色の設定等」をし、約3年をめどにその在り方を検討するとしている。

 日野高も統廃合も含めた検討の対象となった。学校関係者や行政に「地域から学校がなくなる」という危機感が生まれていた。

 日野高は「学校の魅力を十分に届けられていなかった」との反省を踏まえ、情報発信の方法を見直した。

 まずは「学校」をテーマに全国38のラジオ局で放送されている中高生に人気の番組とタイアップした学校紹介の動画を制作。動画投稿サイト「YouTube」の番組のチャンネルでも公開した。

 ほかに、都道府県境を越えた公立高校への進学についての合同説明会に参加し、県外から進学を考えている生徒に向けて、少人数の教育環境や、寮があること、射撃部や郷土芸能部といった珍しい部活があることなどをPRした。ちなみに、射撃部OGの中口遥さんは東京五輪に出場を果たした。

 

 県内の生徒の獲得も同時に進めた。近隣の県西部への中学校訪問を19年度の1回から3回に。在校生の取り組みを、ふんだんな写真で紹介するチラシを生徒らに配った。校長自ら、各中学校長に日野高の魅力を直接訴えた。

 「十分に高校の魅力を伝えられたか分からないけど、何もしなければ選んでもらえない。1人でも多くの生徒に来てほしいとの思いだった」。日野高の前校長内仲弘さん(60)は振り返る。校長業務は多忙だが、新型コロナウイルスの感染拡大で県内外の会議が中止になったことやオンライン化したことで、学校訪問の時間が確保できたのは大きかった。

 ▽通塾の特急料金も町が負担

 県も学校の取り組みを支援してきた。合同説明会への参加費用のほか、学校紹介のチラシや動画の費用を負担した。日野町は、県外からの生徒向けに寮費全額(本年度は月3万7千円)を、県内の生徒にも月1万円の寮費を支援する。

寮の食堂で食事をする県外出身の生徒ら=4月

 それだけではない。日野郡3町が運営する公設塾に日野高の生徒が通塾する際に使うJR伯備線の特急料金も負担する手厚さだ。

 日野町の﨏田淳一町長は「あれもこれも、地域唯一の高校がなくなることは何としても止めたいとの思いからですね」と話す。

 なぜ地域にとって高校が重要なのか。町長は「高校もないような地域には子育て世代は住みたくないし、移住もして来ないでしょう?学生がいなくなると地域の商店も撤退して、過疎化に拍車がかかってしまう」と解説する。

 日野高存続にかかるコストは町財政の規模からすると決して小さくない。が、今後も支援を続ける方針だ。「未来への投資で、出費は仕方ない。ここで人材を育てて、いつか戻ってきてもらいたい」と町長。21年度の新入生は、前年の27人から44人に増えた。うち10人は東京都や大阪府など県外からだった。

 ▽生徒が語る魅力

 日野高生に話を聞いてみた。

 埼玉県入間市出身の2年の出浦彰人さん(17)は「中2で長野県に1年間山村留学した経験があり、高校でも県外に行ってみようと思った」と話す。日野高の射撃部にひかれ、地域との交流が盛んなことも魅力に感じていたという。

人気の射撃部で練習する県立日野高の生徒=4月

 1年の江口心さん(15)は東京都大田区から今春進学した。中学では1学年に200人近くの生徒がいた。自然や動物に触れる生活にあこがれ、進学先を検討した。鹿児島県の離島の高校も捨てがたかったが、「商店や寮が学校から近く、暮らしやすそう」と日野高への進学を決めた。新しい学校生活は「生徒が少ないので、学校行事とかで一人一人の出番が多い。授業でも先生の目があるのでしゃきっとする」と笑顔で話した。

 県内から進学した生徒が感じる日野高の魅力とは何だろうか。地元日野町から通う3年の宇田川碧衣さん(18)は「少人数であること」と答えた。「中学の時は、勉強で分からないことがあっても(先生に)聞けずに放っていた。勉強が苦手だった」と打ち明ける。

 日野高は1学年2クラス。2年になると進路に応じて進学や農業など4つの分野に分かれる。選択によっては生徒対先生が1対1や2対1の授業もある。

 宇田川さんは「想像以上に人数が少なくてびっくり。(きめ細かい教育環境のおかげで)今は周りに人がいても質問しやすい」と目を輝かせた。

少人数で授業を受ける県立日野高の生徒=4月

 ▽「自立してほしい」親の思い

 保護者目線にも着目したい。出浦さんの母美奈枝さん(52)は「さまざまな大人と接して、いろいろな考え方があることを知ってほしい」と埼玉県外への進学を考えた。日野高にしたのは、まず本人が興味を持ったからだが、美奈枝さんも見学した時に在校生の表情が明るいと感じ、わが子も楽しく学校生活を送る様子がイメージできたという。

 「見学した当時教頭の坪倉先生(現校長)が親切そうに明るく話す様子を見て『この人になら子供を任せられる』と信頼できました」と話す美奈枝さん。「行動範囲が広がり、自分の意見もしっかりと伝えられるようになった」と息子の成長を実感している。

 江口さんの母香織さん(49)は、母親仲間から離島の学校への留学について聞いたのがきっかけで「子供に自立してほしい」と地方への進学の可能性を調べ始めた。合同説明会で日野高のプレゼンにインパクトを受けた。「教頭が楽しそうに学校生活を語っていました。寮もしっかりしていた」と振り返る。ここなら勉強も部活も子どもが自分のペースでやっていけそうと、親元から送り出すことにした。

 ▽生き抜く力は地方でこそ

 都市部の生徒に地方の魅力ある公立校への進学を促し、地域活性化につなげようと尽力している組織が、松江市の一般財団法人「地域・教育魅力化プラットフォーム」だ。17年に設立され、都道府県境を越えて進学するプログラム「地域みらい留学」を運用し、合同説明会を開催している。日野高や、江口さん親子が検討した離島の高校も、このプログラムを活用し、合同説明会で認知度を高めてきた。

 同法人で進学支援を担当する辻田雄祐さん(31)は「いい大学に行き、いい会社に就職すればいい時代は終わりました。新型コロナ禍も重なり、何が正解か分かりづらい世の中で、変化に対応しながら生き抜く力は、地方でこそ学べるのだと思います」と強調する。

 辻田さんが地域みらい留学の参加校約60校に聞き取った範囲での集計で、県境をまたいで地方の公立高に進学する生徒は20年度が410~420人、本年度は500人を超えた。取り組みは着実に広がっている。

 辻田さんは言う。「都会では全てが大きく見え、挑戦のハードルが高くなってしまいがち。地方はいい意味で規模が小さく、チャレンジしやすい。自分のやりたいことを周囲も巻き込んで経験できる。自分の力で人生を切り開くことができます」

入学者数が増加した鳥取県立日野高=4月

 1年で入学者数を大きく増やした日野高も安泰ではない。学校の運営は継続性が不可欠だからだ。

 入学者の多くが県外からの生徒だが、寮の収容人数には限りがある。地域の少子化は着実に進んでおり、23、24年度に日野郡で高校生になる予定の中学生は、ここ3年よりもさらに10人以上少ない。

 坪倉校長は入学者増をうれしいとしながらも「来年以降も引き続き(1人でも多くの生徒に)入学してもらえるように頑張らないと」と気を引き締める。地方の公立高校の“逆襲”は始まったばかりだ。

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