『チーム山本尚貴』の秘密【後編】細かな週末の計画表。最新トレンドは血糖値とコンディショニングの管理へ

 スポーツ・アスリートを支える存在として知られるフィジオ(理学療法士)。F1界ではルイス・ハミルトン(メルセデス)を始め、今やほとんどのF1ドライバーがサーキットにフィジオ帯同させているが、日本のモータースポーツ界でトレーナー/フィジオをいち早く採用してきたのが山本尚貴だ。前編の山本尚貴のトレーニングと食事の関連に続いて、後編では血糖値とコンディショニングへの取り組みがテーマとなる。

●レースウイーク週末の食べ物とこまめな栄養管理

 『チーム山本』のなかで、中島裕トレーナーのようにほとんどのサーキットに帯同するスタッフとは役割が異なり、食事や栄養面で山本をサポートするのが栄養士の山上はるかさんだ。山上さんは、レーシングドライバーである山本の肉体を作る上で、どのように必要な食事と栄養を指導しているのか。

「山本選手はベテランでもう知識も豊富なので、日頃の食事に関してあれとこれを食べてください、ということはそんなにありませんね。どちらかというと整えるという意味の方が大きいです。あとはレース日、レースウイークの食事で何を食べるのか。そして食事を摂るタイミングとか量をお伝えすることですね」

 山上さんの言葉に、中島トレーナーが付け加える。

「食事の追加として飲むプロテインに関しても同じです。プロテインにもいろいろな種類があるのですが、どのタイミングでこれを何杯飲んでとか、プロテインの種類を決めるところから始めます。プロテインはタンパク質を英語で言ったものですけど、含まれている糖質の比率などで吸収速度も違ってきます。ですので、あえてプロテインを粉末のものではなくゼリー状のものを飲んでもらうとか、種類の異なる補食を組み合わせながらスケジュールを組みます。レースのスケジュールによっては、あまり食事ができないパターンもあるので、セッション間のインターバルが短かったり、取材やイベント出演などが多い場合は、お弁当ではなくおにぎりなど手軽に食べられる食事を摂ることになります」

 山上さんが普段、山本に提案しているレースウイークの食事に関しての計画表を見せてくれた。

とあるレースウイークの搬入日前日から金曜日の山本の食事計画表。*固有名詞を一部改訂

「これはレーススケジュールに合わせて、何をどのタイミングで摂るかという計画表ですね。時間に関してはそこまで厳密ではなく、おおよその時間です」

 この計画表には、1日の食事のタイミング、そして1回の食事で取るべき炭水化物(CHO)とタンパク質(Prot)の量、さらには宿泊先のホテルのレストランの営業時間も事前に調べて明記されている。どの食べ物にどのくらいの炭水化物、タンパク質、そして脂質が含まれているかは、山本はすでに熟知しているため、必要な栄養分のみ明記されている。

 さらにこの山上さんの計画表はレストランの営業時間に間に合わない場合、テイクアウトや、コンビニエンスストア(以下、コンビニ)での代替え案も含まれており、街中を離れた地方サーキットでの地域性を含め、レースの週末にフィットした内容になっているのがわかる。最近のコンビニではフィットネスや健康の意識の高まりのニーズに応えるように、機能性の高い食品が増えてきている。朝が早く、時には夜遅くまでサーキットでミーティングが続くなど時に不規則になるレースウイークのスケジュールには、コンビニを有効に活用するのが効率的でもある。山上さんの計画表は山本の行動の細かく考えた極めて実践的な内容になっている。

土曜、日曜の両日とも5回の栄養補給と必要栄養素が指示される。この指示に従って山本は食品を選択。とあるレースウイークの搬入日前日から金曜日の山本の食事計画表。*固有名詞を一部改訂

「(コンビニで選ぶべき食品は)気分や好き嫌いもできるだけ考慮したいと思うので、だいたいの量を伝える程度で、具体的に指示するということはしていません。山本選手はどの食品が自分にとって良いか良くないかはもうわかっているので、そんなに指示することはないのですけど、一緒に内容を相談して決めていくという感じです」

 そして、山本尚貴とフィジオ『チーム山本』が取り組むプログラムは、食事や栄養の摂取から、さらに次のレベルに進んでいることが今回の取材で明らかになった。それは、血糖値とコンディショニングの関連だ。中島トレーナーが話す。

「食事の面でこれを摂らないといけないというのは、山本選手はもうずっとやってきたのでわかっていますので、今はもっとハイレベルな取り組みで、最近では血糖値を測る機械があるのですが、それを常時付けてもらっていて、2年くらい試しています。今、我々の世界だと『血糖値スパイク(食後高血糖)』といって、ご飯の直後に眠気が強くなったりするじゃないですか。それは血糖値の急激な乱高下によって起こると言われています。血糖値の乱高下によって集中力が下がるので、それをうまくコントロールできるようにと思っています」

 山本の右上腕三頭筋のあたりには、血糖値を計測する機器が装着されている。その機器の数値を見て、山本は自身のコンディショニングを管理しているという。

レースウイーク中、右腕に血糖値を計測するデバイスを付け、定期的にチェックする山本尚貴

●現在の最先端は血糖値管理のコンディショニング

「まだ実験中なので、血糖値を測って高い低いという数値を把握しているだけで、その数値がパフォーマンスにどう影響するかまでは、まだわからない。とりあえず今はデータを集めている段階ですが、去年は当然、血糖値が低いときはあまり調子が良くなかった。だけど、高ければ良いかというとそういうわけじゃなく、上がり方とか下がり方、あとはある程度の高い血糖値をどれだけキープできるかというのが大事です。だけど、ここは面白い部分でただ食べたものだけではなくて、精神面(体内ホルモンの影響)からも血糖値は変わってくるんですよ」と山本。

 食事で糖質を摂ると血糖値が上がり、その血糖値を下げるために膵臓からインスリンというホルモンが分泌されるが、そのインスリンは実際に食べるだけではなく、美味しいものを見るだけでも体内に分泌されることは知られている。

「あとは興奮すると勝手に血糖値が上がったりします。レース前などは心拍数並に血糖値が上がって、レースが終わった後はストンと落ちます。レースが終わったときは本当に『どっと疲れが出る』と言いますが、単純に身体的な疲労感だけでなく、血糖値が絡んだりするわけです」

「そうすると今度は何を考えないといけないかというと、スーパーGTとスーパーフォーミュラを掛け持ちしている選手は連戦になるときもあって、特に去年と今年はスケジュールが詰まっているので、日曜日のレース後の食べ物も考えないと、翌週まで引きずってしまうことになるわけです。ですので、その週末だけでなく、翌週を含めて自分のコンディションと流れを見て、何をしたらコンディションが良くなるのか。レースの合間にトレーニングをいくらやっても、血糖値が安定しなくて低血糖になってしまうと、すごく調子が悪くなってしまいます」

 単純に身体能力を鍛えて高めるトレーニングから、レースでベストパフォーマンスを発揮できるコンディショニング管理へ、山本のアプローチは進化している。

「コンディショニングはとても重要だと思いますが、血糖値とレーシングドライバーが関連するデータはないので僕が実験台になっています。血糖値の数値だけでなく特別にシートを作って食べたものを全部記入して、写真も撮って食べたものを記録して、何を食べたら調子が良かったかとか悪かったかとか、データがないので残しておかないといけない。データを残しておけば、後で振り返ったときに『もしかしたらこれが悪かったのかな』とか『これが良かったのかな』と振り返えられますからね」

 とはいえ、レースウイークの夜にはスポンサーとの会食やチームスタッフとの食事など、自分のコンディションに合った食事が毎回できるわけではない。ドライバー同士ではよく焼き肉などに行くことも耳にするが、そこは山本もいろいろと工夫をしているようだ。

「僕の場合、焼肉は大好きなんですけど、やはり脂質を多く取ると翌朝辛くなることが多い。年齢を重ねたこともあるかもしれないですが、夜中に油を消化するのにエネルギーが割かれて、熟睡できなくて疲労が取れないこともあります。胃もたれも、単純に胃もたれになるということだけではなく、肉を分解する酵素が人によって足りていたり足りていなかったりするので、あまりそっちにエネルギーが使われると筋肉の疲労が取れなくなると思います」

「焼肉を食べて、翌朝起きたときに何か眠いとか、コンディションがどうかとか、測定してデータを取って振り返りができたら、何か見えてくるものがありそうで、これはもう現役中でしかできない。もっと早くやっておけばよかったなと思うこともあります」

 その日の活動量や身体への負荷、そして食事に睡眠、時間とタイミング、さまざまな複雑な要素が絡み合うコンディションを中島トレーナーがレースのたとえで分かりやすく説明を加える。

「それこそクルマの業界でいうと、たとえば路面コンディションやタイヤの空気圧、タイヤの表面温度がどうとか、おそらくそれに近いようなことをやっていて、少しずつデータは取ってきていました。食事調査をしたり、レースでは当然、頭も使うのでエネルギーが必要だから『これを取っておいてくださいね』というのはやっていました。だけど今はそういう一方通行ではなく、もっと細かく調整してデータを取っている状態かなと僕は思っています」

 山本尚貴もその言葉に応える。

「これまではレース前とか試合前の栄養取得は炭水化物を取らないとエネルギーが枯渇してしまうと言われていて、炭水化物をドンッと食べることが普通だったと思います。でも、それをやると、たしかにエネルギーは摂取できるのですけど、血糖値の観点で言うとかなり急激に上がってしまうので、上がること自体は良いのですけど、人間の体は上げた血糖値をインスリンで下げようとする。その上がった角度の血糖値に対して、下がる角度も比例してインスリンが分泌されるものだと思います」

 炭水化物をたくさん摂ることで血糖値が急激に上がる『血糖値スパイク』。それを抑えるインスリンは、白人に比べて日本人、アジア人は分泌量が少ないと言われている。アスリートにとってはどのようなリスクが考えられるのか。

「血糖値スパイクを起こさないことが重要です。スパイクを起こすことのリスクとしては、眠気やだるさ、頭痛といったコンディションへの影響や、スパイクが頻発してしまうと、血管を傷つけてしまい動脈硬化を起こしやすくなると言われています」

スタート直前のグリッド上でも必要な栄養素補給を怠らない

## ●レーシングドライバーという、他に類を見ない特殊なスポーツアスリート

 では、ベストコンディションを引き出すために血糖値を安定させるには、どのような食事の摂り方がよいのだろう。『チーム山本』栄養士の山上さんに聞く。

「血糖値を安定させるというよりかは、先ほど山本選手が話したように血糖値の乱高下を少なくしたいです。基準値の幅の中で、下がってもその幅の中、上がってもその幅の中、というような大きなジグザグじゃなくて緩やかな波を作りたいというのはあります」

 食べないで、お腹が減ってしまうのもアスリートにとっては良くはない。

「はい、エネルギー切れになってしまいますね」

 この取材を行ったのが、ちょうどスーパーフォーミュラの予選後。このタイミングでは具体的にどのような栄養を取得するのか、山本に聞く。

「予選が終わって少し血糖値が下がってきたタイミングなので、さっき『inゼリー』を飲みました。ゼリーを飲むとまた血糖値が上がり始めました。なので、よく『ご飯前にお菓子を食べるな』とか『間食するな』なんて言われますけど、僕は逆なんですよ。ご飯とご飯の間が空きすぎると、血糖値がかなり下がって低血糖になる。低血糖になると当然お腹が空くし、お腹が空いているのでその時は当然低血糖になっていて、そこでたくさんご飯を食べると血糖値が急上昇する。それが繰り返し続いていくと、たぶん人間の体にはかなりダメージが蓄積されていくんじゃないですかね」

「間食する食べ物にもよると思いますが、プリンを食べたり高カロリーなものを間食として摂るのは良くないけど、あまり血糖値が上がらないナッツ類やゼリー、和菓子とかも最近は間食として食べています。去年、験担ぎ的なこともあったのですが僕は腹持ちを結構、重要視していて、たまたま草餅を食べたら長いこと空腹感が抑えられました。草餅には砂糖も入っていて血糖を上げることにもなるのですけど、そこから後半はかなり体調が良くなって、自分には和菓子が合っているのかなと」

 レースウイーク中の食事の回数も、血糖値を考慮して回数を多めに分けて少量ずつ摂っている。

「ちょっと回数は多くしています。3食摂って同じ2000カロリーを3回で分けるか、5回で分けるかということです。ただ、細かく分けると1回分がかなり物足りないです(苦笑)。1回で本当はお腹いっぱい食べたいのですが腹5分目とかにして、よく僕らは最近『繋ぎ』と言うのですが、朝昼晩という概念ではなく、間食を入れて次のタイミングまで繋ぐみたいな感じです。もちろん、レースのその日のスケジュールにもよるのですけどね。たとえばフリー走行と予選の間が長かった場合、1回繋ぎの間食を入れて血糖値が下がってきたときに食べる。それもスケジュールを事前に山上さんに渡して、どういったタイミングが良いかを相談します」

 昨年から装着している血糖値の測定器。昨年のダブルチャンピオン獲得の背景に、この血糖値によるコンディショニング管理と中島トレーナー、山上栄養士のチーム山本の存在が欠かせなかったことは言うまでもない。

「間違いなくそうですね。結果がすべてですから、今日の結果(SF第2戦鈴鹿予選10番手)だと説得力はないので申し訳ないですけど、僕は2013年のSFでチャンピオン獲った年から、中島さんにトレーニングラボでお世話になってチャンピオンを獲れた。そのときも中島さんのおかげではあったと思っていましたが、ダブルタイトルを2度も獲れたのは、間違いなくトレーニングラボのおかげだと思います。自分のパフォーマンスを引き出すきっかけを作ってくれました」

「でも、だからといって、森永製菓トレーニングラボにドライバーがみんな行ったからチャンピオンを獲れるかといったらそうじゃない。やっぱり自分に何が合うかを見つけていく作業ができる人じゃないといけないし、それを見つけてくれる作業を一緒に手伝ってくれるチームがいないと成り立たない」

「ほかのトレーナーさんや施設でもやろうと思えば取り組めばできると思うんですけど、僕は幸い、森永製菓トレーニングラボに行って中島さんと山上さんと、もうひとり、清野さんという方がいるんですけど、清野さんにやっぱり自分の体のことを理解してもらって、こうしたらいいんじゃないか、ああしたらいいんじゃないかって毎年新しいことをどんどんやって、トライアンドエラーを繰り返しながら、タイトルを獲ってきた。間違いなく、そのお陰でここに来られたと自信を持って言えますね」

トレーナーやフィジオには身体強化の知識や技術だけでなくパフォーマンスを上げるためのメンタルケアや信頼関係も重要だ

 身体トレーニングだけでなく、食事や血糖値の管理まで、山本の自己管理はまさに、他のスポーツのトップアスリートと比べても遜色ないレベルだと言える。とはいえ、ここまでストイックな生活を続けるのは家族、子供もいる山本にとってはなかなかストレスも多いのでは……と想像するが、そこは意外と言っては失礼かもしれないが、山本は料理好きで自分で家族の分の食事を作るなど、プライベートでも楽しく自己管理を実践できているのだそうだ。

「もちろん栄養の資格とかを取られているアスリートの奥さんもいて、徹底的に管理するというのも素晴らしいと思うんですけれど、僕は料理が好きで逆に自分が食べたいものを自分で作れるという利点もあります。(家族も)嫌がらずに美味しいと食べてくれるので、良かったなと思います」と、山本は照れながらも、家族のサポートが支えになっていることを明かした。

 フィジオや血糖値管理に基づいたコンディショニングは国内モータースポーツではこれからの分野で、F1や他のスポーツのトップアスリートに比べればまだまだ遅れている。裏を返せば、日本のレーシングドライバーにもフィジオを取り入れることでまだまだパフォーマンスが伸びる余地があることを意味している。山本もまた、これからの若いドライバーたちへ期待する。

「これから上がってくるようなジュニアフォーミュラやカートの選手、もしそういう若い子たちが、僕が今やっているような取り組みを始めていたら、10年後、20年後、とんでもないことになるんじゃないのかなと思います。僕も先輩方をはじめ、たくさんのドライバーと関わってきましたが、僕が知る限りここまで取り組んでいる人はいなかったように思います。でも、それは機械を使うスポーツがゆえに、あまり着目してなかったのかなと思います。でもそれって逆にチャンスで、ここに着目したら、もしかしたら自分の才能もちょっと伸ばせる可能性があるのかなとも思いました」

 最後に、中島トレーナーが今後の山本のフィジオとしての方向性を聞く。

「山本選手はもともと高い意識を持っているレベルが高い選手だと思っていまして、逆にどこまでそのストイックさ求めるのか。家族とのプライベートとレースウイーク、そのあたりのコントロールを我々がどうすべきかですね。あとは、やはりベテランになってきたからこそ、何かまた新しい僕らの取り組みを提案して、現状維持ではなく、常にキツいことというか、新しい山本選手になれるようにサポートしていけたらいいなと思います。何か明確な課題というよりかは、一緒に歩まさせてもらって、先を見据えてできたらいいなという気持ちですかね」

山本尚貴(TCS NAKAJIMA RACING)をサポートする中島裕トレーナー

 栄養士の山上さんが続ける。

「おそらくレーサーにとって栄養に関しては、あまりイメージがわかない方も多く、『そんなに気にかけるべきなの?』と結構、言われたりすることも多いです。ただやっぱりレースの現場にいればより重要性を感じますし、あんまり意識してない選手が多いことも感じます。そういう意味では『先を行く』ではないですけど、他の選手が見ていない栄養というところにフォーカスしてコンディションを良くしていくサポートをしていきたいと思います。食事や栄養が競技成績に直結するわけではないのは、どのスポーツにも言えることですけど、コンディションを整えるというところにいかに貢献できるかですので、そこを一緒にサポートさせていただければなと思っています」

山本尚貴(TCS NAKAJIMA RACING)をサポートする山上はるか栄養士

 まだまだ、奥が深いレーシングドライバーのアスリートとしての可能性。国内での先駆者として、山本尚貴のパフォーマンスに注目するだけでなく、現在では野尻智紀、平川亮、そして福住仁嶺や大津弘樹など多くのドライバーがスーパーフォーミュラの現場にトレーナー、フィジオを帯同するようになっているように、その意識は間違いなく高まりつつある。

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