【F1チームの戦い方:小松礼雄コラム第11回】大きな向上心を持つが故のクラッシュ。ミックの成長には“バランス”が不可欠

 2021年シーズンで6年目を迎えたハースF1チームと小松礼雄エンジニアリングディレクター。シーズン前半戦の最後のレースとなった第11戦ハンガリーGPは、FP3でミック・シューマッハーがクラッシュを喫し、またも予選に出走できなかった。波乱の展開となったレースではよくやってくれたというが、この前半戦11レースを振り返って、ミックにも、そしてニキータ・マゼピンにもまだまだ改善すべきことは多いようだ。そんな現場の事情を小松エンジニアがお届けします。

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2021年F1第11戦ハンガリーGP
#9 ニキータ・マゼピン 予選19番手/リタイア
#47 ミック・シューマッハー 予選出走せず/決勝12位(暫定結果)

 シーズン前半戦最後のハンガリーGPは、初日から路面温度が60度を超える非常に暑いコンディションでスタートしました。長いことF1をやっていますけど、60度以上という数値はちょっと見た記憶がありません。ブダペストは大体夏休み前に行われるのでいつも暑いんですけど、僕が到着した日はなんと気温が38度でした。

 路面温度が50度強というコンディションは珍しくありませんが、これくらい温度が高くなると、50度でも60度でも問題点はあまり変わりません。この辺りの温度になってくるととにかくリヤタイヤの過熱を気にしなければならず、ハンガロリンクに関していえばセクター3でどれだけリヤタイヤを保たせられるか、オーバーステアを抑えられるかというのが重要です(反対に路面温度が低くなってくると、酷使される左側のタイヤの磨耗、特に左フロントが問題になってきます)。

2021年F1第11戦ハンガリーGP ニキータ・マゼピン(ハース)

 ただ今回は路面温度以上に風に手こずりました。それほど強い風ではないのですが、とにかく1周ごとに状況が変わるんです。高速のターン4やターン11が特にそうで、アウトラップでは追い風だけど、翌周の計測ラップでは向かい風に変わっていてアンダーステアになることもありました。

 もちろんこれはサーキットの立地条件や、スタンド席や建物、木など風を避けるものがどこにどれくらいあるかにも左右されます。たとえばシルバーストンや鈴鹿、また山間部にあってアップダウンのあるレイアウトのニュルブルクリンクやレッドブルリンクは風の影響を受けやすいサーキットです。ハンガロリンクでは今までそこまで苦労したことはなかったのですが、今年は特に大変でした。

 そういうちょっとした風の変化もあって、予選Q1ではニキータが3回のアタックを試みたにもかかわらず、タイムが伸びませんでした。2回目のアタックでは1回目よりも0.3秒ほど縮めていたのですが、最終コーナーの入り口でオーバーステアを出してすべて帳消しに。Q1で2回以上アタックを行ったドライバーは、平均してタイムを約0.27秒上げていたので、そのなかでタイムを更新できなければ上にはいけません。このミスがなければニキータは1分18秒6くらいで予選を終えていたと思います。

2021年F1第11戦ハンガリーGP ニキータ・マゼピン(ハース)

 残念ながらレースはピットレーンでのアクシデントにより早々終わってしまいましたが、ここまでの前半戦を振り返ると、ニキータは真剣に頑張っている一方で、少しアップダウンが激しかったなという印象です。周囲の人々の影響もあるかもしれませんが、それもある程度のキャリアにまで到達すれば言い訳にはなりません。

 とはいえこの2戦は週末を通してのアプローチという面では改善されていました。その前のオーストリアでよくないと思うところがあったので、ニキータと1対1で話をしたのですが、正直にいろいろなことを話してくれました。それ以降は仕事の取り組み方などいろいろな面でよくなりましたが、そういうことを常に続けていかないといけません。今の改善されたいい状況をシーズン最後まで続けられるかというと疑問が残ります。段階を踏んで、常に良い方向へ進んで行くための一貫性を保つ気持ちの強さや信念がどこまであるのか。ニキータの場合はまだまだ未知数です。

2021年F1第11戦ハンガリーGP ニキータ・マゼピン(ハース)

■リスクを取りすぎた故のクラッシュ。ミックの成長のためには“バランスをとること”が不可欠に

 一方ミックはFP3でクラッシュがあり、予選に出走することができませんでした。クルマのダメージは第5戦モナコGPの時より少しひどいくらいで、車体左側のパーツをすべて取り替えるような状況でした。

 予選Q1に間に合わせて修理を終わらせることはできないとわかっていましたが、それでもチーム一丸となって全力で修復にあたりました。今年はクルマが遅くて他のチームとは戦えませんが、メカニックにはメカニックの戦いがあるんです。ピットストップや、修羅場のクルマの修復というのはメカニックにとっての見せ場ですから。ちなみに昨年のハンガリーGPではマックス・フェルスタッペン(レッドブル・ホンダ)が決勝のグリッドに行く際にクラッシュしてフロントのサスペンションを壊しましたが、メカニックたちが見事にグリッドで修復を終わらせましたよね。あのようなことがあると、普段はピットストップ以外ではスポットライトが当たることがあまりないメカニックたちの凄さがわかります。

 ミックのクラッシュしたクルマはFP3終了直後にガレージに戻ってきました。ハンガロリンクのアウトラップは2分あれば足りるので、Q1の残り時間2分のところでコースに出ればアタックは可能です。ですから作業時間は2時間16分あります。最終的にQ1の最中にエンジンをかけるところまでは行きましたが、ここで時間切れ、ゲームオーバーとなりました。現在のF1ではエンジンをかけた後に様々な数値を見直して、それをFIAに提出しなければいけないのです。ですから少なくともQ1開始と同時にエンジンをかけられていないと間に合いません。とはいえクルマは9割近く直っていましたし、とても暑くて大変な状況での作業でしたが、みんな生き生きしていた気がします。本当によくやってくれました。

 レースでは、ミックはクラッシュしたからといって萎縮せず、強い気持ちを持って走ってくれました。フェルスタッペンを相手にしてもしっかりと自分のラインを守っていましたし、最後の最後にターン2で抜かれた時はミックの右フロントがフェルスタッペンのクルマと当たりましたが、きちんと勝負していたのを見ることができて僕は嬉しかったです。

2021年F1第11戦ハンガリーGP ミック・シューマッハー(ハース)&マックス・フェルスタッペン(レッドブル・ホンダ)

 実は土曜日の夜、ミックとも1対1で腹を割っていろいろなことを話しました。クラッシュしてミックが自信を失ったり、クラッシュしないように必要以上に守りの走りになってはいけません。どうしてクラッシュしたのかをお互いが理解して解決方法を探さないと次に繋がりません。

 FP3のクラッシュを振り返ると、クラッシュしたラップでは、ミックはその前の計測ラップよりも0.4秒速いペースで走っていました。なんとかウイリアムズに近づこうとしていて、彼の考えのなかでは「もっと攻めれば、もっとウイリアムズに近づける」というのがあったのです。しかしあのラップでは明らかに攻めすぎてリヤタイヤがダメになってきていて、シケイン出口ではカウンターを当て、ターン9出口でもオーバーステアを出していました。その結果、続くターン11でそれほどスピードが乗っていなかったにも関わらずクラッシュしてしまいました。

2021年F1第11戦ハンガリーGP FP3でクラッシュしたミック・シューマッハー(ハース)

 もしクラッシュせずにタイムを計測していたら、おそらく1分19秒0くらいだったと思います。これならウイリアムズのニコラス・ラティフィまで0.2秒以内の位置につけていたはずで、ミックはどうしてもここに近づきたかった。ただミック自身はクラッシュの兆候があったことに気づいていたにもかかわらず(これはテレメトリーを見ていて明らかでした)、攻め続け、リスクを取りすぎてしまいました。

 ミックがものすごく大きな向上心を持っていることは僕も理解していますが、リスクを取ることに関してはどこでバランスを取るのかが重要になります。彼が攻めることをやめたら成長しないし、だからといって今回のようなやり方もダメです。どうしてクラッシュの兆候があったのに攻め続けたのか。走っていた時はその理由がわからないと言っていましたが、クラッシュに至るまでのプロセスや、ドライバーではない僕の視点からの考えなどを話すうちに、何が自分を駆り立ててしまったのかが理解できたようです。

 これから先のミックのキャリアを考えると、この辺りの微妙なバランスをうまく取らないと自分の首を絞めることになりますが、彼は自分自身から目をそらさないし、どうすれば改善できるのかを常に考える姿勢は変わりません。ですから彼はこれから伸びてくれると思っています。

2021年F1第11戦ハンガリーGP ミック・シューマッハー(ハース)

■前半戦を振り返って

 シーズン開幕前、僕は今年のすべてのレースでどのチームとも戦えない状況に陥ることを一番心配していました。正直今のハースの状況はそこから遠くはないものの、シーズン序盤はウイリアムズとのタイム差がそれほど大きくなかったグランプリもありました。

 今年はまったくアップデートをしないので、他チームとの差は広がりますし、実際に第10戦イギリスGPではまったく誰とも戦えませんでした。それでもシーズン前に想定していた状況よりはマシですし、第7戦フランスGPの予選ではウイリアムズを上回りました。今回のハンガリーGPではもしミックが予選を走れていれば、ウイリアムズとかなり近いところまでいけていたでしょう。シーズン後半戦はそういうレースがなんとかもう少し増えればと思います。

 また、レースと並行してチームの組織づくりも進んでいます。シルバーストンでは来年に向けて18インチタイヤを使ったテストを行いましたが、これも結果とてもうまく行き、このチームには優秀なスタッフがたくさんいるということが再認識できたテストでした。しかし同時にテストに至るまでの過程は実はよくなかったです。このようなことをしっかりと改善して来年のクルマ作りの準備をしなければいけません。

 ほかにも無駄な部分が多々あるのでそれも省かないといけないし、とにかくやることは山積みです。すぐに今やっていることの結果が出るわけではないので、来年急に中団勢のなかで戦えるようになるとは思っていませんが、少なくともきちんと誰かと戦える状況にはなっていると思います。とにかく、今は2019年に掘ってしまった穴から一歩一歩這い上がっている最中です!

2021年F1第11戦ハンガリーGP 小松礼雄(ハース エンジニアリングディレクター)

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