第23回『さるかに合戦』について考える~MVPは栗である

皆さんご存知、昔話の『さるかに合戦』には様々なキャラクターが登場する。 まずは蟹(親子)と猿。ずる賢い猿は蟹を騙し、最終的に蟹の親を殺害する。 蟹は猿への仕返しを企て、協力しようと栗、蜂、牛糞(地域によっては「昆布」などの場合もある)、臼が集まる。 栗、蜂、牛糞、臼は猿がいない間に家に入り、栗は囲炉裏の中、蜂は水桶の中、牛糞は土間、臼は屋根に身を潜めてスタンバイする。 続いて仕返しの手順であるが、そのシナリオは以下の通りだ。 帰宅して暖をとろうとした猿に向かって囲炉裏の中から焼けた栗が飛び出しきて体当たりする。火傷した猿は急いで冷やそうと水桶まで行くのだが、そこで待ち構えていた蜂に刺される。熱さと痛さで驚き慌てふためいた猿は家の外に出ようとするも土間で待ち伏せていた牛糞で滑って転倒する。そこに屋根から臼が落ちてきて、猿は下敷きとなり仕返しは終わる。 さて、この『さるかに合戦』でMVPを決めるとしたら誰を選択するだろうか。猿はダーティーすぎる。蟹もMVPにふさわしいかと言えば疑問符が付く。 となると仕返し要員である一撃必殺の蜂か、それともトリッキーな牛糞か、あるいはパワーの臼か? 私は断然栗だ。その理由を述べていこう。 まず仕返しの攻撃方法を今一度確認してもらいたい。

栗だけが武器や特性がないのだ。 蜂は針を持ち、牛糞は滑りやすい特性を使い、臼は己の身体を遺憾なく使用している。 一方、栗には何もない。火で焼かれる過程を経ての攻撃なのである。通常の状態で体当たりしたところで火傷させることはできず、次へと繋がらない。そこで自ら焼かれることを選ぶのだ。 次に取り巻く環境である。

栗だけが火の中という過酷な環境なのである。 蜂も過酷に思えるかもしれないが、火ではなく水であるから焼けることはない。溺れるのではという意見もあるだろうが、あくまで水桶の中であって、水の中に入る必要はない。ほんのり寒いくらいだろう。牛糞は床に寝そべるだけであるし、臼は大きな身体で天井へと登る苦労はあるにしても待機場所の環境は過酷ではない。 栗のみ、死と隣り合わせ。もしも猿の帰宅が少しでも遅れたのなら、焼け死んでしまう。それなのに自分の任務をまっとうすべくずっと火の中にいるのだ。 最後にプレッシャーである。栗はトップバッターであり、猿に最初の攻撃をしなければいけない。しかも栗の攻撃が失敗したらすべての作戦が水の泡となってしまう。かなりの重圧だと考えられる。 これらの理由により、私は栗がMVPだと考える。 もしも『さるかに合戦』人気投票があったなら、私は迷わず栗に投票するし、課金もするだろう。

せきしろ:

1970年北海道生まれ。主な著書に『去年ルノアールで』『カキフライが無いなら来なかった』『まさかジープで来るとは』『たとえる技術』『1990年、何もないと思っていた私にハガキがあった』など。

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