玄秀盛氏 年商20億円“守銭奴”から歌舞伎町の「駆け込み寺」の玄さんに!

歌舞伎町で20周年を振り返った玄さん

【直撃!エモPeople】東京・新宿歌舞伎町の「駆け込み寺」の玄さんが20周年へ向け、新境地へ動きだした。2002年の創設以来「かつて“守銭奴”だったからこそ、目の前の一人を救う」を信念に、5万件の相談に無料で応じてきた玄秀盛氏(65)の元には、今もコロナ禍ならではの現代の悩みがひっきりなしに舞い込む。波瀾万丈の半生、新たな挑戦を聞いた。

コロナ禍では女性からの相談が増え、女性6:男性4の比率だという。派遣切り、飲食店の休業要請など、コロナ不況は大きな影を落としている。

「歌舞伎町の飲食店は約3割が実質潰れている」といい、風俗嬢は客激減で借金返済ができなくなり、ホストにつぎ込む女性も後を絶たない。コロナ禍ならではなのが、不倫の清算だという。

「リモート仕事になって、妻子ある男は夜外出する理由もない。その不倫相手の女性は会えなくてさみしい。双方別々に話を聞き、結局女性が『しみじみ不倫は嫌になった』と別れを決断したり…」

歌舞伎町に駆け込み寺「新宿救護センター」を設立する2年前、献血時に白血病ウイルス感染が判明したのを機に“守銭奴人生”を改め「日本一の欲望の街で女性と子供を救う」と決意した。ヤクザからDVを受ける女性を保護すれば、コワモテが乗り込んできたが動じたことはない。自身が壮絶な人生を歩んできたからだ。在日韓国人2世として大阪・西成で生まれ、4人の父、4人の母の元を転々とした。

「中学卒業までに13回転校し、名字は8回変わった。いじめられたら、夜討ち朝駆けで仕返しして自己防衛。身一つであちこち行かされたから、生きる術は全部頭の中に入れてた」

中卒後は自動車修理工、すし職人などを経て、25歳で大工で独立。以後、人材派遣、不動産、金融業などの会社を経営し、携わった業種は28種、最高年商は計20億円にも到達し、年に8億円使うような生活を送った。

最初の転機は1989年に通いだした比叡山延暦寺だった。「坊主丸もうけというけど、最初はどんなもんか見てやろうと思って、週末だけ金色のキャデラックに乗って通って、帰りに雄琴のソープランドに行くような不真面目な修行だった」

大阿闍梨・酒井雄哉氏(2013年没、享年87)の勧めで90年、在家のまま得度。

「師匠(大阿闍梨)からは常々『お前は人になれ』と言われていたけど、ずっと意味がわからなかった。白血病ウイルスが判明し、銭もうけに興味がなくなって、やっとその意味がわかった。駆け込み寺を作る報告を師匠にしたら『やっとお前の道やな』と言ってもらえた」

離婚した妻が2人、子供は息子3人、娘2人いるが、駆け込み寺設立を機にすべて縁を切った。

「設立当初は年中24時間受け付けしていたし、平日は人助けして、土・日はパパというのはオレはできなかった。もともと仕事やら愛人やらで家族のいる家には金だけ入れて帰ってなかったけど、師匠以外は全部縁を切って退路を断った。孫も3~4人いるらしい」

運営資金は現在も寄付や玄さんの講演料収入などでまかなっている。11年には玄さんの活動に感銘を受けた俳優・渡辺謙の企画・主演でドラマが放送されるなど、モデルとなったドラマは計4本制作された。だが、コロナ禍で資金難は今も変わらない。運営資金獲得を目的に、この8月、ユーチューブで「玄さんチャンネル」を立ち上げた。

折しも、東京五輪開会式をめぐっては、過去の出演作や障がい者へのいじめ自慢発言で、音楽担当の小山田圭吾が辞任、演出担当の小林賢太郎氏が解任された。

過去に傷を持つ身の玄さんは「過ちを本人がきちんと謝罪し、始末をつけて再スタートしていれば、生き返る方法はあった。今の日本は政治も行政も有名人も謝罪もせず、誰も責任を取らないままだから、ほじくり返されて、慌てて辞任することになる」とキッパリ。

その精神は刑務所出所者の雇用を支援し、歌舞伎町に開店した「駆け込み餃子」などの“出所者居酒屋”に根付いている。

来年5月の20周年を機に玄さんは第一線からは身を引く予定だ。

「駆け込み寺の運営は後継者に任せて、オレは全国の相談者の元にこっちから出向こうと思っている。京都・京丹後市にできた“行政版駆け込み寺”のアドバイザーなどもやります」

歌舞伎町の顔・玄さんの挑戦は続く。

☆げん・ひでもり 1956年5月24日生まれ。大阪市西成区出身。25歳で独立。90年、得度。2000年、白血病ウイルス感染判明。02年、NPO法人「日本ソーシャル・マイノリティ協会」(現・公益社団法人日本駆け込み寺)を設立し、東京・新宿歌舞伎町に「新宿救護センター」を設立。11年、渡辺謙が企画・主演で玄さんを演じたドラマ「愛・命~新宿歌舞伎町駆け込み寺~」(テレビ朝日系)放送。13年、日本国籍取得。14年、出所者の社会復帰を目指し、一般社団法人「再チャレンジ支援機構」設立。今年8月、ユーチューブで「玄さんチャンネル」開始。

© 株式会社東京スポーツ新聞社