【サンデー美術館】 No.280 「コレクション特別企画『松田正平』より」

▲四国犬  松田正平 1979年

 こんな絵はあまり見たことがない。もちろん、犬が描かれた絵は、明治時代にも江戸時代にもたくさんあって、可愛らしいものばかり。私たちは昔から、犬と一緒に暮らし、癒やされてきたようなのである。ところが、コイツときたら、画面いっぱいまるまる使って猛烈に怒っている。歯をむき出すは、前脚も後脚もすべて突っ張らかして威嚇するは、今にも跳びかからんばかり。怒りのあまり、眼からは炎が燃えあがっているかのようである。

 なのに、ちっとも怖くない。画家は、この犬が可愛いというより、怒っているその一途さが愛しくてこの絵を描いたといえそうだ。

当然、愛しいからといって猫かわいがりしたりはしない。うかつにも、そんなことをしようものなら齧りつかれるだけである。その正体は野生の血を色濃く残した四国犬。俊敏な動きで獲物を追い込み、一撃で仕留める重みをもあわせ持つ中型日本犬なのである。

 名前は「ハチ」。どうやら松田正平の「八番目」の愛犬らしい。

山口県立美術館副館長 河野 通孝

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