ゆとりフリーターの「ぬるい哲学」みんな違って、みんな草
「みんな違って、みんないい」の精神で育てられ、
経験至上主義な大人、自由すぎる価値観を持った年下、
年が近いはずなのに分かり合えない同年代に囲まれても
「ふっ(笑)」とあしらうだけのぬるい地獄に浸ってます。
そんな環境でも日々を生き抜くため模索中の
「ゆとりフリーター」が綴る、ぬるい哲学と
想像以上にしんどい!人間図鑑
どうもゆとりフリーターです。
高校を卒業してから主に飲食、販売などのサービス業のアルバイトを中心にやって来ました。
数々のアルバイトを渡り歩いてきて不思議に思ったことがあります。
それは「常連さん」という存在についてです。
私は、常連さんでも様々なタイプに分かれていると思っていて
毎回決まった時間に必ずやってくるルーティーンタイプ、毎回決まった料理だけ注文するタイプ、そして「毎回お決まりのセリフを言ってくるタイプ」
はて、お決まりのセリフ?? とお思いのことかもしれません。
日課がある人なら時間ルーティーン・固定注文タイプの二つは想像しやすいと思います。
私も、毎朝の散歩の道中でいつも使う自動販売機でいつものボスカフェオレを365日買っているのもありのこれらの気持ちはかなり理解できている方だと思っています。
一方でこの「毎回お決まりのセリフを言ってくる」タイプはどうでしょうか。
“お決まりのセリフ”といっても「おはようございますこんにちは」のような不動の挨拶シリーズようなセリフのことではありません。
私が言っているのは、返事に困る・なんと返したら良いのか分からない、こちらが少しヒヤッとするようなセリフを言ってくるタイプのことです。
例えば「今日も冷てぇなぁ」→資料1へ 「ここにあるのは全部観た」→資料2へ
など、お店によっても様々ですが、どれも一瞬クレーム?と思うセリフが多い傾向にあると私は感じています。
お店を支えてくれる常連さんの存在はありがたい。
それでも毎度心臓がキュッとし「今の返しで正解だったのかな…?」と気を揉んでしまうかよわい店員の気持ちも少しは理解しておくれと私は思ってしまうのです。
いや。でも待てよ、
理解してもらいたい時は、こちらが相手を理解できていない時だ!!
はい! というわけで今回は「常連のお客様が毎回お決まりのセリフを言ってくるのはなぜか」哲学してきます。
まずは、私の過去の事例を資料に考えていきましょう。
資料1「今日も冷てぇなぁ」
19才のころスポーツクラブでアルバイトをしていた時のこと。
私の務めていたクラブは大きい施設でプールの設備があり、安全を守るためのプール監視役の業務が仕事の一つとしてありました。
そこのプールにはご年配の常連さんが多くいました。
毎朝10時開店と同時に入店、速攻ロッカーで着替え、10時5分にはプールにログインされる皆々様。通っていくうちに仲良くなるのでしょう。仲良しの常連さん同士が集団となって歩行プールを占拠されるのはうちのクラブでのあるある風景でした。
そして、そのご年配の集団、他称「ご年配ズ」一のお調子者キャラのジイさんAが紛れもなくその「毎回お決まりのセリフを言ってくるタイプ」でした。
冬のある日、ジイさんAから「おい、いつもより冷てぇぞ!」と、歩行プールの温度がいつもより2度ほど低くなってしまっていることのご指摘を受けました。焦った私は、監視役の業務でこの場から離れられないのもあり、平謝りしながら施設内電話で別のスタッフに温度管理の対応をしてもらいました。
常連さんはプールの温度も身体で記憶してくださっている。申し訳ない気持ちでその日を終えました。
しかし、その日を境に、ご年配ズのジイさんAがプールに足先をつける度に「今日も冷てぇなぁ」とこちらに届く程度の独り言を言うようになったのです。
クスクスするご年配ズを尻目に焦る私。
初めは、以前のこともあったので「すみません!」と脊髄反射で謝り同様の対応をしていたのですが、確認をすると「いや、いつもと温度一緒だけどな…」とスタッフ。
2、3回繰り返されるうちにやがてこれがイヤミor冗談で言っているものだと気が付きました。
それからというもの、毎日「今日も冷てぇなぁ」と言われハハハと答えるしかない私の態度も冷たくなっていったのは想像に難くない。
一度のミスを許さない執念なのか、それともコミュニケーションの一つなのか…。
ご年配ズのみんなはジイさんAの「今日も冷てぇなぁ」に喜んでいるように見えたけど実際どうだったんだろう。
資料2「ここにあるのは全部観た」
次は、現在働いているレンタルビデオ店でのことです。
ほぼ毎日夕方にくたびれたスーツ姿でやってくる常連のお客様は、店員と目が合えば必ず
「ここの店にあるDVDは全部観た」 と言ってきます。
いや、なんの宣言…?!(心の声)
「全部観たオレすごいだろ」「もっと品揃えを豊富にしろ」の厄介なお客さんかな?と初めは警戒するのですが、この方は違います。会話の入り口です。
つまり、この会話に引っ掛かったら最後、その後はこのように展開されていきます。
ジョウレンの こうげき!「ここの店にあるDVDは全部観た」
てんいん
たたかう▼「全部観たなんてすごいですね」
「品揃えがあまり豊富じゃなくてすみません」
「新作も出てますよ」
ジョウレンの こうげき!「なんか面白いのある?」
てんいん「これ面白いですよ」
ジョウレン「そういうのあんまり好きじゃない」
「あっ….」
てんいんは にげだした!
結局、常連さんは「これ何回も観てる」とぶつぶつ言いながら何か(洋画の戦争モノが多い)を借りて帰ります。
もうどんなリアクションをすれば正解なのか、それとも特にリアクションを求めているのではなく、発言という行動をとることが常連さんにとってのルーティーンであり、私はただ巻き込まれているだけなのか。
私のバイト先でこれは吉本新喜劇バリのお決まりのくだりになっており、さすがに業務に追われて忙しい時は、やむ終えず一手目から「にげるコマンド」を選択したりしています。
(ちょっとかわいそうだけど… )
そんな風に対策をとりつつ日々過ごしていたのですが、
ふと、常連さんが来なくった。
なんと、ほとんど毎日来ていた常連さんが3ヶ月来なくなったのです。
といっても四六時中その人のことを考えているわけではないので、実際には顔を合わせた時に「そういえばいつぶりー?!」と学生時代の友達と顔を合わせた時と同じ感覚になる方が近い。
嬉しくて、私は思わず自分から話しかけていました。
すると、常連さんが「この間交通事故にあって」「ネットフリックス加入した」
と様々な身の回りの変化を教えてくれたのです。
あんなに「なんか面白いのある?」と言っていた常連さんも「ついにネットフリックスに加入したから話題の「愛の滑走路」観てるよ」と話してくれたりもしました。
いや、それ「愛の不時着」ですよ。とツッコみつつ優しい時間を過ごす。
季節の移り変わりのように人も変化していくのだというのを感じ、いわゆる”エモい”気持ちになりました。
これがつい最近の出来事でした。
毎回お決まりのセリフを言っていたのはなぜか
ここまでの資料をもとに私が思ったことをお伝えします。
「毎回お決まりのセリフを言っていたのはなぜか」
理由や動機を考えて見ると初めは、見栄やプライドやちょっとしたユーモアに思えましたが、その一方でそれは彼らにとっての単なる習慣の一つようにも思いました。
こっちがどうにかしようとして変わるものでも、お節介に相手を変えたいと思うのもとんだお門違いであるもの、なのではないかというのが私の結論です。
そして、お決まりのセリフが聞こえてくることはその仕事における風物詩みたいなものなのだと思うようになりました。
夏における花火が風物詩の象徴なように、スポーツクラブではプールの温度にブツクサ言われるのが風物詩で、ビデオをレンタルし続けた人が時代の変化に対応して行った結果のネットフリックス加入も風物詩。
「あの人はなぜそんなことをするのか」よりも「それを自分はどう感じるか(どう受け止めるべきか)」考えたいと思う、今回のぬるい哲学でした。
だからきっと心の持ち用ではどんなクレームも夏の風になびく風鈴のように可愛いはず……。
以上、ゆとりフリーターでした!
文・イラスト/ ゆとりフリーター