【最終盤情勢】横浜市長選挙は混戦模様から一気に差がつく展開に、各候補者の展望は(選挙コンサルタント・大濱崎卓真)

8月8日告示・22日投開票の横浜市長選挙も折り返しをすぎ、いよいよ投開票日まであと数日となりました。告示前には最大10名が立候補を表明して混戦が予想されていた横浜市長選も、8人の候補者の戦いに差が出てきており、当初の混戦模様から一転して各候補者の得票予想にも差がでてきています。

今回は、横浜市長選最終盤情勢として、各種調査や関係者ヒアリングをもとに現在の横浜市長選の情勢と今後の各候補者の展望、みどころを解説していきたいと思います。

コロナ感染状況の急速な悪化を受けて山中氏がわずかにリード

立憲民主党が推薦する山中竹春氏が、中盤以降にわずかにリードしているとの見方です。各社調査でも山中氏が先行する評価が多く、また無党派層や女性層への浸透が強いところから今後も着実に票を伸ばす可能性が出てきました。

情勢変化の契機となったのは、まずコロナ感染状況の急速な悪化でしょう。山中氏が出馬表明したのは6月29日、この時点では横浜市長選のイシューは「カジノ問題」に対する賛否であり、候補者のスタンスが大きな焦点になると言われていました。山中氏はIR・カジノ誘致に反対の立場でしたが、同様の立場の候補予定者が多かったことから市長選全体に混戦模様が想定され、誰も法定得票数を取れない「再選挙」の見通しすら漂う雰囲気でありました。

ところがコロナ第5波の到来により、神奈川県下でも感染が急速に拡大します。8月2日には神奈川県にも緊急事態宣言が発出され、その後現在に至るまで、感染者数が最多を更新する状況が続いていますし、重症者数も増えていることから市民のコロナに対する危機感は強く高まっています。このような状況の中で、当初焦点となると思われていたカジノ関連施策への市民の関心度合いは相対的に低下しており、コロナ対応に関する政策訴求を前面に出す選挙戦を山中氏は展開することで無党派層や女性層の票が集まり始めているという状況です。山中氏が「(唯一の)コロナ専門家」と自称するあたりも、現在の横浜市政におけるコロナ対策に不満を持つ有権者の投票先選定に影響を及ぼしはじめているでしょう。

また、田中康夫氏や松沢成文氏といった候補者が政党に依らない選挙戦を展開していますが、活動量にどうしても差が出てしまっている点は否めず、野党支持者の中で「勝てそうな候補者」としての山中氏にバンドワゴン効果として今後票が集中する可能性もあるとみています。田中氏・松沢氏はいずれも当初は有力候補者との説がありましたが、(後述する通り)当初よりも票が伸び悩んでいることは山中氏にとって有利に働いているでしょう。

 

自公支持者を中心とした組織固めを急ぐ小此木氏が激しく追う

自民党の多くが推薦する小此木八郎氏は、山中氏を激しく追う展開です。小此木氏は6月25日に出馬表明をしてからというもの、当初自民党が打ち出していたはずのIR・カジノ誘致に反対を表明したことでその矛盾の説明に苦慮していましたが、選挙戦開始後も同様の状況が続いています。

小此木氏がここから票を伸ばせるかどうかは、ひとえに「組織固め」をどこまでできるかが鍵でしょう。自民党地方議員でも一部が林市長支持に離反しているほか、自民支持者・公明支持者を完全に固めきったとはいえない状況です。IR・カジノ誘致問題に対する論理的な説明が不十分なまま選挙戦に入り世の中の関心がコロナ感染拡大に移る中で、これまでの国会議員・国務大臣としての実績を前面にアピールしつつ従来から小此木氏を知っている高齢者層を投票にどれだけ向かわせられるかが鍵となるでしょう。

小此木氏に向かい風となっているのは、ほかでもない菅内閣の不支持です。内閣支持率は各社調査でもほぼすべて過去最低ラインとなり、一部の新聞社による調査では第二次安倍政権以降過去最低となっています。神奈川県での感染も急速に拡大していることから、内閣支持率がこの最終盤に改善する見込みもありません。直前まで政権与党の閣僚であった小此木氏と菅氏とは、今回の選挙でどの程度した調整があったのかが疑問視されていますが、いずれにしろ菅首相がタウンニュースに小此木氏を応援する意見広告を出すなど、菅首相が事実上の支援をしているのは明らかであり、この点も現時点では小此木氏にとってマイナスに働いていると言えるでしょう。また、横浜市長選挙の告示直前に家宅捜索が入った遠山清彦前衆議院議員(公明党)の影響もあり、公明党の結束力も問われている事態です。

ただ選挙戦終盤にかけて、序盤よりも劣勢が伝えられている林氏から小此木氏への支持乗換が大きく起きれば(起こすことができれば)、まだ追いつく可能性もゼロではないでしょう。小此木氏と林氏の支持率を単純に足せば、まだ山中氏の支持率を下回るほどではありません。選挙なので当然「単純計算の足し算」にはなりませんが、最終盤にかけて林氏支持を切り崩して与党支持者を固めきれるかどうかが注目です。

Photo by Roberto Jr Saldana on Unsplash

現職としてのメリットを生かせるかが注目の林氏も追う

告示直前に立候補表明をした林氏は、多くの候補者が乱立する中で唯一の現職であり、数少ないIR・カジノ誘致に賛成の候補者として、その際だったスタンスがメリットになると言われていました。告示前の段階では自民党が小此木派・林派で割れている状態に加えて、IR・カジノ誘致に賛成の有権者が少ないことから厳しい選挙戦も予想されましたが、一方で各候補者が強み・弱みを抱えている中で現職というこれ以上ない強みがあったことから、それでも最有力候補のひとりであったことは間違いありません。

ところが、前項でも触れたとおりにコロナ感染状況の急速な悪化に伴い、そもそもIR・カジノ誘致問題が選挙の焦点設定から外れました。さらにコロナ感染状況と紐付いてくるワクチン接種が特に若い世代を中心に予約を取りづらい状況もあり、市の対応に対する不満が現職を不利に追い込む状況ももたらすこととなります。特にコロナの感染状況の悪化が市長選挙の日程と被ってしまったのは運とも言えるかも知れませんが、それでもコロナ禍にもかかわらずトップメッセージを発する機会が少なかった点や、ネット戦略といった個人を際立たせる戦術が遅れたのは陣営として痛手だったとみています。

選挙戦においても、政党が背後にうごめく山中氏、小此木氏と異なり、立候補表明が遅れたことや自民党の多くが小此木氏支援に回ったことで、運動の総量にどうしても差が出てきています。最終盤にかけて、現職のメリットを生かした運動とメッセージ伝播力がどの程度展開できるかに注目です。

 

熱烈な支援者のいる田中氏、一定の支持を獲得した松沢氏の趨勢は

田中氏の立候補は政界にとって驚き以外のなにものでもありませんでしたが、その後少しずつ着実に横浜市民への浸透をはかってきました。一方、各社情勢調査では前掲3候補には後れを取っているとの情報もあります。

ネットでは田中氏を推す声も多く見ますが、そもそもフォロワー数の多く知名度も高い田中氏がSNSで露出が増えるのは致し方がないことであり、また比較的際立った意見をもつ熱狂的な支持層がバックにいることで支援者にエッジが効いてきた感じがあります。記者会見の様子などを評価する向きもあり、特に中年層に一定の支持層がある一方、主要政党が山中氏・小此木氏を支援する中で各政党支持層への食い込みは弱く、一時期は得られていた共産支持層も山中氏に乗り始めたことで無党派層への浸透をどれだけ広げられるかという展開になっています。ただ、知名度は抜群というところもあり、投票率の影響によっては今よりも票を上積みすることはできると思います。

松沢氏は前神奈川県知事という知名度もあり、現職の参院議員を辞してまで突っ込んだ横浜市長選でどの程度票を獲得できるかが注目を集めていました。日本維新の会支持層からは一定の支持を得ていますが、無党派層からの支持はまだ不十分です。そもそも反カジノがこれだけ候補者がいる中で候補者を際立たせるだけの武器が必要な選挙戦ですが、前神奈川県知事というタイトルこそ横浜市長選挙と親和性が高いようにみえて、これだけコロナ禍が続いていると黒岩現神奈川県知事の存在感が大きく、いまいち「前知事」の肩書は響いていません。現職の参院議員であったのもまた事実ですが、日本維新の会のバックアップはなく、政党色を持たないことによって山中氏や小此木氏と背比べをする状況にまでいたっていないというのが実情です。

 

横浜市長選挙最終盤のみどころ

最終盤にかけて、田中氏、松沢氏は供託金没取点(総有効投票数の10%)を意識するような選挙になる可能性が出てきました。今後、山中氏や小此木氏にバンドワゴン効果として票集中がなされれば、さらに候補者間の差が開いてしまいますから、そうなれば田中氏、松沢氏は厳しい状況に立たされるでしょう。一方、田中氏、松沢氏が独自の支持者を獲得して票固めを投開票日に向けて展開できれば供託金没取とはなりません。

このほか横浜市長選挙には、太田正孝氏、坪倉良和氏、福田峰之氏らも出馬しています。いずれも自身の従来からの支援者を中心に支持を広げる動きとなっていますが、各社情勢調査では厳しい数字が出ています。

最大10人の立候補予定者がいた横浜市長選挙ですが、候補者が減り、また候補者同士の差が広がりつつある今の展開から、法定得票数(総有効投票数の25%)を下回る「再選挙」となる可能性は極めて低くなっています。

山中氏が勝てば、菅政権や自民党神奈川県連に与えるダメージは計り知れないものがあり、中堅・若手議員を中心に公然の「菅下ろし」に直結することも考えられるでしょう。小此木氏は(既に中西氏が転出した衆院小選挙区には戻れないため)来年の参院選にまわるか、(年齢的にはまだ早いのですが、今回の混乱の責任を取って)政界引退といった観測まで流れています。

一方、小此木氏が勝てば、菅政権にとっては底打ちとなる可能性があり、「菅下ろし」ということは無くなる公算が高いです。山中氏がこれまで打ち出してきたストーリーから、衆院への即転出は考えづらく、今後の扱いが難しいところです。

林氏が勝てば与野党にとっては痛み分けとなるでしょう。自民党分裂の責任問題は残りますが、いずれしこりは解消するとの楽観的見方があります。野党からすればIR・カジノ賛成の林氏が勝つことは避けたいですが、与党が「反対」と言った手前、これ以上横浜におけるIR・カジノ施策が現実的に進むのかという課題が残るため、やはり痛み分けということになるはずです。

田中氏や松沢氏の動きにも注目です。来年夏の参院選は神奈川県選挙区は定数4に補選分の1枠を足して5枠を争う選挙となります(1〜4位当選は6年任期、5位当選は3年任期)。ここを田中氏が無所属で取りに行くのか、それとも維新から松沢氏が出るのか、はたまた(市長選に落選していれば)小此木氏や山中氏が狙うのか、といった点にも注目をしていく必要があるでしょう。

© 選挙ドットコム株式会社