無力な緊急事態宣言、役立てるため必要なこと

行動を変えるべきは国民ではない

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尾中 香尚里

ジャーナリスト

尾中 香尚里

ジャーナリスト

福岡県生まれ。1988年に毎日新聞に入社し、政治部で主に野党や国会を中心に取材。政治部副部長、川崎支局長、オピニオングループ編集委員などを経て、2019年9月に退社。共著に「枝野幸男の真価」(毎日新聞出版)。

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緊急事態宣言の拡大と延長を決め、記者会見で国民へのお願いを伝え一礼する菅首相=17日夜、首相官邸

 新型コロナウイルスの感染爆発が止まらない。17日には東京都など6都府県の緊急事態宣言が9月12日まで延長され、新たに7府県が宣言の対象地域に加わった。東京五輪とパラリンピックはついに、全日程を緊急事態宣言下で行うことになった。

 緊急事態宣言は完全に無力化されている。菅政権も前任の安倍政権も、宣言を出しても国民に外出自粛や営業自粛をただ漫然と呼び掛けるだけ。当然ながら感染拡大防止に失敗し、もはや国民は宣言の効力を信用しなくなった。減ることのない人出に政府がいまさらいら立っても「一体誰のせいだ」という言葉しかない。(ジャーナリスト=尾中香尚里)

東京・渋谷のスクランブル交差点を歩く人たち。東京など6都府県に発令中の緊急事態宣言の9月12日までの延長が決まった=17日午後

 ▽状況見極めているだけの政府

 緊急事態宣言は菅政権にとって「最後にして最強の切り札」だ。何としてももう一度、緊急事態宣言の効力を取り戻さなければならない。

 菅政権に今必要なのは「法律に基づいた私権制限を、正しく使う」ことだ。例えば、宿泊療養施設を含む医療施設を建設するために、民間施設の強制借り上げも辞さないといった強い意思を見せることだ。

 これまでも繰り返し指摘してきたが、緊急事態宣言は、国民に「感染防止のための行動を」と呼び掛けるためにあるのではない。政府自身が強い対策を打つために、「法律に基づいて」国民の私権を一時的に制限することを認めるものだ。宣言を受け行動を変えなければならないのは、国民ではなく政府である。

 しかし菅政権は、国民への外出自粛や飲食店の営業自粛を一方的に要請しながら、例えば十分な休業補償のような、国民が自粛しやすい環境整備を事実上放棄してきた。国民にさまざまな自粛を要請した後は、自分たちは人出の増減や新規感染者数の推移、最近ではワクチンの接種率などについて、ただ「状況を見極めて」いただけである。

新型コロナウイルスに感染した自宅療養者を往診する医師=13日、東京都板橋区

 ▽「自宅療養」増加、どう防ぐ?

 緊急事態宣言が実効性を失って感染爆発が起き、医療体制の崩壊が現実のものになると、菅政権はあろうことか、重症者以外、すなわち中等症も含む患者について「原則自宅療養」との方針を打ち出した。

 中等症の症状が、その語感とは異なり相当に苛烈なものだと知られ始めたタイミングでの方針発表。国民の批判を受け、菅政権は「中等症は原則入院」と方針を見直す考えを示したが、医療施設にアクセスできる国民を絞り込みたいという思惑に変わりはない。

 重症者以外の患者が医療機関にアクセスするのが難しいことを、仮に1万歩譲って認めるとしよう。しかし、軽症や中等症の患者を、施設などでの宿泊療養という次善の策まですっ飛ばしていきなり「自宅で」というのは理解できない。医療従事者がオンラインなどの遠隔診療で体調急変に対応するのは極めて難しいし、家庭内感染を防ぐことは不可能に近い。

 こうなれば、体育館のような広い場所を使っていわゆる「野戦病院」的な臨時の医療施設を用意するしかないだろう。海外では類似の例をいくつも見ることができるし、国内の医療現場からも同様の声が複数出ている。「医療スタッフが足りない」との声も聞こえるが、少なくとも患者を自宅にとどめ置いて「自治体や地域の医療機関と連携して必ず連絡が取れるようにする」(17日の菅首相の記者会見)ことに比べれば、野戦病院の方がはるかに効率的なはずだ。

緊急事態宣言の拡大と期間延長などについて記者会見する菅首相=17日夜、首相官邸

 ▽強制使用の規定、今こそ

 だが、臨時の医療施設を造るには、ホテルなどの施設を借り上げたり、あるいはプレハブの仮設病院を建設する土地を用意したりする必要がある。どうやって協力を得るのか。

 まさにその「切り札」が緊急事態宣言である。

 前述したように、緊急事態宣言とは「感染拡大を防ぎ、国民の生命と暮らしを守るために、たとえ国民の私権を一時的に制限することになっても、政治が責任を持ってあらゆる施策を講じる」という宣言だ。そして、緊急事態宣言の根拠法である新型インフルエンザ等対策特別措置法には、政府が宣言を発令すれば、臨時の医療施設を開設するために土地や建物を強制使用できるという規定がある。

 菅政権は、緊急事態宣言を発令して国民に外出自粛などを要請している間に、政府として感染拡大阻止のために最大限の措置をとるべきだった。最大の問題が医療体制のひっ迫ならば、臨時の医療施設を造るため、民間の土地や建物を収用することもできたはずだ。

 もちろん、こんな強力な私権制限は、政治が軽々と使って良いものでは決してない。昨年ロックダウン(都市封鎖)に踏み切ったドイツのメルケル首相が語ったように「絶対的な必要性がなければ正当化し得ない」ものであろう。

 しかし、東京での新規感染者が5000人を超える日を記録し、現実に医療機関にアクセスできず自宅で亡くなる人が出ている状況で、菅政権はもはや、こうした決断をためらうべきではない段階に来ているのではないか。もちろん、協力してくれた施設などへの十分な補償を、政治の責任でしっかりと行うことは言うまでもない。遅きに失した感はあるが。

ワクチン接種

 ▽法整備をいうなら国会召集を

 緊急事態宣言の延長と追加を発表した菅首相の17日の記者会見。納得がいかなかったのは、病床の確保について質問された首相が「法整備の必要性は私自身痛切に感じている」と述べたことだ。

 少なくとも病床確保において、新たな法整備は必要ない。緊急事態宣言が発令されているのだから、政府は今すぐにでも決断できる。「病床確保は都道府県の責任」などという逃げ腰の発言も聞かれそうだが、都道府県に責任を持ってやらせるのが、緊急時における政府の仕事だろう。

 そのような「現時点でやれること」には全く目を向けず、コロナ対策の失敗の原因を「法律の不備」のせいにするのは、法治国家のリーダーとしてあるまじき姿勢である。

 ないものねだりのように新たな法律を求める前に、菅政権はまず「現行法をきちんと使い倒す」べきだ。緊急事態宣言の強力な権限を正しく使う、つまり「何としても国民の命を守るから、一時的に私権制限に耐えてほしい。痛みを強いたことには必ず補償する」という姿を、国民にきちんと見せる。こうした姿勢なくして、国民の政府への信頼は戻らないだろうし、もちろん外出を止めることもできないだろう。

 菅首相はふた言目には「ワクチン、ワクチン」と繰り返す。まるで「ワクチン接種さえ進めば国民の不安はパッと解消する」と言わんばかりだ。しかし、現実にワクチン接種が進まないうちに感染は爆発し、多くの国民が医療にアクセスできず苦しんでいる。コロナ禍における死者の数は、今や東日本大震災のそれに近づこうとしているのだ。そういう非常事態に対処しているのだという自覚を、菅首相には改めて強く持ってほしい。

 17日の首相会見では「緊急事態における私権制限」として、ロックダウンも話題にのぼった。確かに、ロックダウンを行う権限は、特措法にも規定されていない。

 筆者はロックダウンに全面的に賛同する気持ちにはなれないが、結果としてこれほどまでのひどい感染拡大を招いてしまった現在(そのことに対する菅政権の責任は後で厳しく問うとしても)、国民の命を守り切るために、外出自粛に実効性を持たせる措置が全くないままで本当に良いのか、という点に迷いも感じている。政府の基本的対処方針分科会で多くの専門家が「法整備の検討」を求めたことを、理解できないとまでは言わない。

 だが、そのためには「前提」について一言指摘せざるを得ない。

 法整備の必要性を感じているというなら、菅首相はまず、今すぐ国会を召集すべきだ。まさか「法律は国会でしか作れない」ことを知らないわけではないだろう。

 国会の召集すらせずに法整備がどうのこうのと、寝ぼけたことを言うのはやめてほしい。