日が暮れ始めて多くの店が営業終了時間を迎えるなか、尾道の商店街に明かりを灯し続ける店がありました。
「Beer Bar a clue(ビアバークルー)」は地元の常連客をはじめ、夕方以降の尾道を楽しみたい観光客が訪れるビールバーです。
切り盛りするのはマスターの林 稔(はやし みのる)さん。
マスターとの会話を楽しむお客さんもいれば、居合わせた人同士が仲良くなるような自由な楽しみ方ができる場所です。
Beer Bar a clueとマスターである林さんの魅力を紹介します。
・記事内の金額はすべて税込です。
・撮影のためマスクを外している場合があります。
尾道の商店街で多彩なクラフトビールが楽しめる!Beer Bar a clueとは
尾道本通り商店街にあるBeer Bar a clue(ビアバークルー)は、2013年11月22日にオープンしたビールバー。
オランダビールHeineken(ハイネケン)の大きな緑のフラッグが目印で、JR尾道駅からは徒歩8分ほどの場所にあります。
ガラス張りで外からでも中の和やかなようすがわかるのが魅力で、一人でもふらっと入りやすい雰囲気を醸し出していますよ。
▼夕方以降の店頭はこんな感じに。
店頭には外飲み用にバーテーブルが設置されており、ここでは喫煙も可能です。
店内には世界各地のバラエティ豊かで鮮やかなビール瓶やビールグラスが並び、目にも楽しい雰囲気が特徴的ですよ。
出迎えてくれるのは、陽気で気さくな人柄が魅力のマスター
Beer Bar a clueのマスターは林 稔(はやし みのる)さん。
大学卒業後は保健体育の教師として生徒を指導していた経歴の持ち主です。
「どう?ビールバーのマスターっぽいかな?」
黒ビールの王道「ギネスビール」のTシャツとキャップをかぶった姿になって再登場です。
Beer Bar a clueは尾道本通り商店街のなかでも「絵のまち通り」に位置しています。
尾道本通り商店街は「一番街」「中商店街」「本町センター街」「絵のまち通り」「尾道通り」の5つの通りが集まっています。
「商店街の明かりを灯し続けたい」と有志が集まり、絵のまち通りには季節ごとにさまざまな飾り付けが施され、林さんはその旗振り役のひとり。
2021年8月1日〜8月18日には「提灯プロジェクト」として提灯と風鈴が絵のまち通りの一角を彩りました。
「楽しくて頼もしいというよりも、気安く話せる」
「林さんと話しているお客さんがみんな楽しそう」
「言葉が通じなくても相手を楽しませる天才」
常連客から聞いた、マスターの印象です。
明るくて楽しい林さんの人柄に癒やされて通う人が多いことがわかりました。
常時60〜70種類!マスター選りすぐりのクラフトビール
Beer Bar a clueは、店内にあるサーバーもしくはそのとき店にある瓶や缶を選んで注文するスタイルです。
ビールサーバーは全部で7基。
常時5タップ(注ぎ口)のビールをブルワリーから仕入れていて、「ハイネケンビール(レギュラーサイズ500円)」は常設しているそうです。
「クラフトビールは詳しくなくて……」「何を頼んだらいいのかわからない」という人でも、マスターに好みを伝えればおすすめのビールを紹介してもらえます。
マスターに勧めてもらってこの日に飲んだクラフトビールを数種類紹介しましょう。
瓶や缶の店内飲食の場合、小売価格プラス200円。
大阪・箕面ビール「おさるIPA」
Beer Bar a clueでよく飲まれているのは、大阪府箕面市(みのおし)で造られている箕面ビール「おさるIPA(700円)」。
注いだ瞬間からホップの香りが鼻をくすぐる、ビール好きにはたまらないIPAです。
IPA:India Pale Ale(インディアペールエール)のことで、大量のホップを使うことによる苦味が特徴。
箕面ブリュワリーで造られるクラフトビールは全国的にファンが多く、この「おさるIPA」も最初は季節限定だったものが人気により定番商品になったのだとか。
しっかりと苦味はあるものの酸味もあり爽やかなので、一杯目としてもおすすめのクラフトビールです。
Beer Bar a clueオリジナルビール第1弾「しまなみIPA」
愛媛県にある「梅錦酒造」との縁がきっかけとなり誕生した「しまなみIPA(800円)」。
マスターが実行委員長として参画した2016年の「第3回おのみちBEERフェスタ」で初お披露目となった、Beer Bar a clueオリジナルのクラフトビールです。
広島県尾道市と愛媛県今治市をつなぐ「しまなみ海道」から名前がつけられ、ラベルは室町時代から戦国時代にかけて瀬戸内海で活躍した村上海賊がイメージされています。
グラスに注ぐと透き通った金色が楽しめ見るからにおいしそう。
苦味が強くパンチがきいたIPAなので、「ミックスナッツ(300円)」など塩味のあるおつまみと合わせるのがおすすめ。
Beer Bar a clueオリジナルビール第2弾「やまなみヴァイツェン」
Beer Bar a clueオリジナルのクラフトビール第2弾、「やまなみヴァイツェン(800円)」。
ヴァイツェン:小麦が主原料。まるでバナナのような甘みが特徴で、いわゆる白ビール。
2020年に発売された「やまなみヴァイツェン」は、白ビールらしいやさしい甘みが特徴。
ビールの苦味が得意でない人や甘めのお酒が好きな人におすすめの一本で、先ほど紹介した「しまなみIPA」との味のコントラストも楽しめます。
おつまみなどほかのメニュー
Beer Bar a clueのおつまみは、そのときどきで変わります。
店内の黒板やメニューを参考に都度マスターに尋ねてみてください。
「ミックスナッツ(300円)」は常に注文可。
それ以外のメニューは、仕入れ状況により異なるとのことでした。
仕事帰りに一杯、待ち合わせで一杯、マスターと話しに一杯……。
いろいろなシーンで多彩なクラフトビールが楽しめるビールバー。
そんなBeer Bar a clue、マスターの林 稔(はやし みのる)さんに話を聞きました。
「Beer Bar a clue」マスターの林さんにインタビュー
Beer Bar a clueとマスターのあゆみ
- 2013年 Beer Bar a clueオープン
- 2014年 第1回おのみちBEERフェスタ開催(以降、実行委員長を務める)
- 2015年 第1回松山BEERフェスタ開催
- 2016年 しまなみIPA発売
- 2020年 おのみちBEERフェスタを「収穫祭」として開催、やまなみヴァイツェン発売
- 2021年 第8回おのみちBEERフェスタ開催予定
駆け込み寺のようなビールバーを目指して
──ビールバーを始めた理由を教えてください。
林(敬称略)──
ビールを通して人と関わり続けられること、思いを発信できることが魅力で、「clue=きっかけ」の名を冠したビールバーを始めました。
人って、日々モヤモヤした気持ちを抱えて生きているじゃないですか。
1日の終わりに、ビールを飲みながらそういった思いをポツリポツリとでも話してもらえたら、きっと少しは心が軽くなるんじゃないかと思います。
私は大学卒業後に10年ほど教員をしていたんですが、生徒と接してきたその経験が今になって活かせていると感じます。
自分にとっては、そのとっかかりがビールだった。
これからも駆け込み寺のようなビールバーでありたいと思っています。
──マスターとビールの出会いを教えてください。
林──
いわゆるラガービールを「おいしい」と思い始めたのは30年前、23歳ごろです。
さらに30代後半くらいでベルギービールに出会いました。
以前、岡山にあった小洒落(こじゃれ)たバーでベルギービールを飲んでいたんですが、そこで初めて「ビールって飲んでおいしいだけじゃなくて見た目にも楽しいんだな」「ビールって面白そう」ということがわかって、ますますビールが好きになったんです。
それからはアメリカビール「ラグニタス」のおいしさにも目覚めました。
ラグニタスの「リトルサンピン」がまた、ものすごくホップが効いていて良い苦味で!
最初は「なんじゃこりゃ」と思ったんですが、徐々にその苦味にハマっていきましたね。
こうやってさまざまなビールのおいしさを知っていったことで、ベルギービールもあるけれどアメリカのビールや国産ビールもあるような、賑やかなビールバーができたらいいなと思うようになりました。
──しかしビールといえど種類が多く、また造り方や醸造家の思いもさまざまですよね。たとえば国内のクラフトビールはどうやって知っていったんですか?
林──
ビールについては、近隣のビールバーに足繁く通ったりビールイベントに参加するなどして探っていました。
また旅行が好きなので、日本のどこかでビールイベントが開催されると知ればよく飛んでいっていましたね。
こうしていくつものビールイベントに参加しているうちに多くのブルワー(醸造家)さんと出会うことができて、会って話すことでそのビールのファンになっていったり。
それがきっかけで今も仕入れさせてもらっているビールがあるくらいです。
そのほかにも、父のように慕わせてもらっている大阪の酒屋さんをはじめ、ビールを通じてさまざまなご縁がつながって今があります。
特に鳥取の大山G(だいせんじー)ビールの岩田さんを訪ねた際には、ホップ畑や麦畑に連れていっていただいて伏流水の秘密やビール造りのことなどたくさんのことを教えてもらいました。
ビールは人と人をつなぐツール。「こうでないといけない」なんてルールはない
──これまで参加したうち、もっとも印象的だったビールイベントはなんですか?
林──
岩手県一関市(いちのせきし)で行なわれる「全国地ビールフェスティバル」です。
一関の地ビール「いわて蔵ビール」を造っている世嬉の一(せきのいち)酒造が仕掛けたもので、日本ではさきがけにあたるビールイベントなんですよ。
全国のビール醸造家が集まり、さらに全国各地から多くのビール好きが集まってくる一大イベントで、ファンの間で一関は「ビールの聖地」と呼ばれているほど。
それまで衰退しつつあった酒蔵がこのイベントによって盛り返していくのを目の当たりにして、ビールの可能性を感じました。
このイベントで、箕面ビールの大下香緒里社長に声を掛けてもらえたことも印象深いです。
私はよくほかのビールイベントでも大下社長のことを拝見していたんですが、花形的な存在なのでなかなか話しかけられなくて。
そんな社長から「よくイベントに参加している熱のあるヤツ」だと思ってもらえたならうれしかったですね。
ビールは人と人をつなぐツールだと改めて実感しました。
──Beer Bar a clueをどんなビールバーにしたいと思われていますか?
林──
「来る者拒まず」なビールバーにしたいと思ってやっています。
もちろんビールバーなんですけど、別にビールが飲めなくてもいいんです。
夏には涼みに、冬には暖を取りに。
誰もが肩肘はらずに、気軽に扉を開けて入ってきてもらえるような店を目指しています。
──店に置いているビールへのこだわりはありますか?
林──
これまで各地のビールをいろいろと見てまわってきたこともあるので、こだわってはいるんです。本当は。
語りたいウンチクがたくさんありますし、注ぎ方にだってこだわりがありますよ。
でも私は、ただただシンプルにビールが好きな人間なんです。
ビールって、ワイワイと楽しく飲んだり一人で静かに飲んだり、十人十色の楽しみ方がありますよね。
「こうでなくちゃいけない」なんて決まりは、ビールにはないと思っています。
なので最近では「こだわらないことがこだわり」をモットーにしています!
──林さんは「おのみちBEERフェスタ」など、中国・四国のビールイベントの実行委員としての顔がありますよね。
林──
自分が初めて立ち上げから携わったのは、2014年の「おのみちBEERフェスタ」です。
先ほどお話しした大山Gビールの岩田さんにブルワーさんを紹介してもらったりしてなんとか実現しましたが、このときはもう、本当にわからないことだらけでしたよ……!
とにかくがむしゃらにやって、ボランティアのかたがたにはかなり助けてもらって。
打ち上げでは感極まって号泣してしまいましたね。
──「おのみちBEERフェスタ」から1年後、2015年には「松山BEERフェスタ」の立ち上げに関わることに。
林──
最初は「尾道の人間がなんで愛媛県でビールイベントをやるの?」となかなか相手にしてもらえず苦労したんですが、イベント場所の確保や許可のために松山市役所や愛媛県庁に何度も何度も通って、無事開催することができました。
地元のカラーも出てとても盛り上がり、良いイベントになったと思います。
私自身、第1回以降は実行委員から離れていますが、コロナ禍でも工夫しつつ今もイベント自体が脈々と続いているのはうれしいですね。
同じ思いを持った人たちと、これからも商店街に明かりを灯し続けたい
──2013年にBeer Bar a clueがオープンして以降、尾道には2軒のブルワリーがオープンしました。これまで尾道をビールで盛り上げてきたマスターとしてはどんな心境でしたか?
林──
2020年には尾道あづみ麦酒醸造所、2021年には尾道ブルワリーができましたね。
次の風が吹き始めたなと思いました。
私自身よく「ビールは造らないんですか?」と聞かれることもありますが、私は醸造がしたいわけじゃないんですよ。
なので尾道あづみ麦酒醸造所さんや尾道ブルワリーさんとは立ち位置こそ違いますが、こうやって裾野(すその)が広がっていくことはビール好きとしてはうれしいことです。
2021年3月には3社合同でビールの配信イベントをやりましたし、5〜6月の緊急事態宣言下では3社のビールをセットにして「尾道三部作」として販売したりもしましたね。
緊急事態宣言中はほかにも、商店街の有志に声をかけて「緊急事態宣言割引券」というオリジナルの割引券も作りました(現在は終了)。
「アンテナ珈琲」「あかとら」「藤本乾物店」「まかない食堂むらちゃん」「高原誠吉食堂」の5店舗が協力してくれて、うちでビールを買ってもらったら提携店で使える割引券をお渡しするものでした。
──マスターは、商店街を盛り上げていくためにさまざまな企画を発信されていますよね。
林──
確かに自分が発信して始まる企画もありますが、一緒にやってくれているのは同じ思いを持つ人たちです。
本当のことを言えば、矢面(やおもて)に立ちたくないですよ。
批判もあるし、意図せずにぶつかってしまうこともあってときどき心が折れそうになります。
でも尾道にはこんなに良い店がたくさんあって、思いのある人たちがたくさんいることを知ってもらいたい一心で、日々やっています。
──尾道の魅力って、一言で語るのは難しいですよね。
林──
本当にそうなんです!
古くから交差点のような街だからか縁が生まれやすいし、混沌としていて多様性があって、それが許されるような土壌と尾道で暮らす人たちが本当に魅力的です。
だからこそ、うちみたいなビールバーもできると思っていて。
これからは地域で愛されてきたことを地域に還元したいですし、そういう思いは次の世代にも継承していきたいです。
つながりを大切にしながら、これからも商店街に明かりを灯し続けていきたいですね。
おわりに
2020年11月、筆者が初めて尾道に訪れた日の夜に入ったのがBeer Bar a clueでした。
人通りの少なくなった商店街を一人で心細く歩いているところ、店の明かりを見つけたときはうれしかったものです。
今では「今日はなんのビールが飲めるだろうか」「常連のあの人はいるかな?」という気持ちで、商店街を通るたびに店を覗いています。
そんなフランクさで、ぜひBeer Bar a clueの扉を開いてみてください。