日本復帰初戦、本領発揮はお預け 酒井宏樹、J1と欧州リーグを比べる基準に

J1 浦和―鳥栖 前半、先制ゴールの明本(15)を祝福する浦和・酒井=浦和駒場

 世界と比べてJリーグのレベルは、どの位置にあるのか。誰でも一度はそう思ったことがあるだろう。J1第24節、8月14日の浦和レッズ対サガン鳥栖は、答えを探すことができる一戦かもしれないと注目していた。

 イングランド、イタリア、スペイン、ドイツの欧州四大リーグ。これが五大リーグに拡大されると入るフランスは、リーグ全体としての評価は少し劣るのだろう。ただ、メッシやセルヒオラモス、ドンナルンマを新たに加えたパリ・サンジェルマンは、世界的に見ても明らかに「スーパーな」といえるチームだ。そのフランスでパリSGの最大のライバルがマルセイユ。この両チームの対戦は「ル・クラスィク」と呼ばれ、国内最大のダービーマッチとなっている。スペインでいえば「クラシコ」を戦うレアル・マドリードとバルセロナの関係と同じだ。

 マルセイユでばりばりのレギュラーで活躍していた酒井宏樹が浦和に加入した。ハイレベルのパフォーマンスは東京五輪で誰もが目にした。まだ、31歳。欧州のトップレベルで活躍してきた全盛期の選手がJリーグでどのような違いを見せるのだろうか。

 開始早々、フィジカルの違いを見せつけた。酒井がパスを受けようとした瞬間、鳥栖DF大畑歩夢が猛烈な勢いでアタックした。両選手がもつれるように倒れ込む。普通なら当たられた酒井のダメージが大きいのだが、ピッチに倒れ込んで起き上がれなかったのは、大畑の方だった。このワンプレーを見ただけで、欧州で活躍するDFの屈強さを思い知らされた。

 ただ、酒井がその後に別格のプレーを見せたかというと、そうではなかった。メキシコとの3位決定戦から、まだ10日もたっていない。おそらくコンディションは万全とはいえないのだろう。さらに鳥栖のシステムが守備時に5バックになったこともあり、浦和の攻撃の際に酒井の前にスペースがない。しかも、浦和の中盤がボールをポゼッションできない。守備には「さすが」と思わせるものはあったが、攻撃で決定的なプレーを見せることはできなかった。

 試合として見たときに、なかなか興味深いものがあった。一番驚いたのは、浦和の明本考浩がCFのポジションで出場していたことだ。攻撃的な選手ということは聞いていたが、これまで見た試合では左サイドバックを務めていた。前節では2列目の左サイドで出場し得点も挙げていたようだが、マルチな能力を備えているとはいえ、トップでの起用は鳥栖の金明輝監督も予想しなかっただろう。

 酒井に加え、柏レイソルのエースだった江坂任が新加入した浦和。一気にパワーアップしたかに見えた。ところが、試合を支配したのは、五輪代表の林大地や松岡大起の中心選手が移籍して抜け、戦力ダウンしたはずの鳥栖だった。試合前の順位は浦和の8位に対し、鳥栖は3位。このポジションにいるのが納得の「サッカーの質」の良さだった。

 開始4分、小屋松知哉が左サイドを突破し、山下敬大がクロスを左足でダイレクトに合わせる。これが入っていれば、試合は鳥栖のペースで流れただろう。しかし、GK西川周作が素晴らしい反応で防ぎ、それをさせなかった。

 内容的に劣勢であっても、サッカーは勝つチャンスが十分にある。この試合で浦和が前半に放ったシュートは2本。その1本を見事にゴールに結びつけたのが前半36分だった。鳥栖のヘディングでのクリアボールを自陣右サイドの槙野智章が前線へフィード。これを江坂が胸でそらして前線に送る。反応したのは明本だった。一度は利き足の左に抜けるボディー・フェイントを見せ、マークするDF島川俊郎をかわす。次の瞬間、縦に抜けだし右足でゴール左隅を打ち抜いた。見事なカウンターからの先制点だった。

 前半アディショナルタイムの46分に鳥栖の山下に見事なボレーシュートを決められて1―1。同点で後半を迎え、ここでもペースは鳥栖のものだった。しかし、後半15分の小屋松のシュートにもGK西川が見事なセーブで対処した。その他の決定機も鳥栖がシュートミスを繰り返したことで、浦和にも勝機が見え始めた。

 大仕事をやったのは、またも明本だった。浮き球の飛び交う混戦。鳥栖のMFが落ちてくるボールをクリアしようとした瞬間、背後から明本の足が伸びてくる。クリアする足を止めることはできなかった。ヒットしたのは明本の足。不運なこととはいえ、PKの判定に文句は言えなかった。後半39分、江坂が豪快にPKを左上に蹴り込み、2―1となる決勝点を決めた。これが移籍後2試合目での初ゴール。浦和が少ないチャンスをいかし、サッカーにはよくある劣勢のチームが勝つという典型的な試合を締めくくった。

 試合コンセプトがはっきりしている鳥栖と比べると、新加入選手を加えた浦和の成熟度は見劣りがした。日本復帰第1戦となった酒井も「まだまだ自分のパフォーマンスも連係も、もっともっと良くなる。まだ10のうち1、2くらい」と自身のプレーを評価していた。時間はまだかかるだろう。それだけに、融合したときの酒井の一流のプレーが楽しみだ。そのとき浦和は強いチームになっているだろう。

岩崎龍一(いわさき・りゅういち)のプロフィル サッカージャーナリスト。1960年青森県八戸市生まれ。明治大学卒。サッカー専門誌記者を経てフリーに。新聞、雑誌等で原稿を執筆。ワールドカップの現地取材は2018年ロシア大会で7大会目。

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