観客入れた宮城、「復興」発信できたのか

熱狂と静寂、冷めた視線も

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サッカー男子準々決勝スペイン―コートジボワール戦の観客=7月31日、キューアンドエースタジアムみやぎ

 新型コロナウイルス感染拡大で大半の会場が無観客となった東京五輪が終わった。サッカー会場となった宮城県では大会理念「復興五輪」のメッセージを何とか発信したいと村井嘉浩知事が観客を入れての試合にこだわり、仙台市や隣県知事らの反対を押し切る形で男女サッカー計10試合を有観客で開催、計2万人近くが来場した。復興は発信できたのか。行動や営業の自粛を求められた県民の気持ちに配慮した判断だったのか。記者が目にした会場や町の様子を伝えたい。(共同通信=安藤和也)

 ▽理念発信の場

 試合会場はJR仙台駅から北東約10キロにあるキューアンドエースタジアムみやぎ(宮城スタジアム)。最寄りのJR利府駅から約3キロ離れており、試合日には直通のシャトルバスが利府駅や仙台駅などから出ていた。

仙台駅東口のシャトルバス乗り場近くに立つ「東日本大震災~語り部~」の看板=7月31日

 最終日の7月31日。仙台駅のバス乗り場のすぐ近くに「東日本大震災~語り部~」の看板が立っていた。復興を発信しようと、県が五輪に合わせて開設した会場だ。語り部らが自身の経験や教訓を話す場や、復興の歩みを伝えるパネル展示が設けられていた。

JR仙台駅近くに設けられた復興の歩みを伝えるパネル展示=7月31日、仙台市

 復興五輪の理念を形にしようと、県は自治体が募集する都市ボランティアに独自に語り部の枠を設けた。新型コロナによる1年の大会延期の影響もあり、当初応募した80人より大幅に少ない29人での活動となったが、卒業式後に生徒3人を亡くした高校教諭や被災しながら支援活動を続けてきた男性ら、さまざまな境遇の人たちが研修を受け準備を進めた。

 ▽閑散とする「語り部」会場

 午後2時ごろ、語り部の会場にいたのは都内から訪れた夫婦だけだった。バス乗り場に向かう途中、看板を目にして足を運んだという。40代の妻はパネルを見つめながら「テレビでしか震災のことを知ることはなかったのでいい機会だと思った」。次の語り部の話は午後2時半から。「予約していたバスがちょうど同じ時刻なので…」と、会場を後にした。

 閑散とした会場。語り部は所在なさげだった。宮城県南三陸町に住む語り部の男性(58)は「アイデアは良かったが思った以上に人が来ない。拍子抜けした」と表情を曇らせる。

 来場者は5日間で計170人にとどまった。担当者は「コロナで人の呼び込みが難しかった。聞く人が少ない中で話してもらう語り部の方もいて、申し訳ない気持ちだ」と話した。

 ▽沿岸見ずに到着

 記者も午後2時半のバスを予約していたので会場を出る。「直行直帰」を呼び掛けるプラカードを掲げる都市ボランティアの姿を横目に乗り場に向かう。

 検温や消毒を済ませ車内へ。大型バスの6割程度は埋まっているように見えたが、感染対策に気を使ってか、大きなしゃべり声や笑い声はほとんど聞こえなかった。

 仙台駅もスタジアムも内陸部に位置する。車窓からは沿岸被災地の光景を見ることはなく、40分ほどでスタジアムに着いた。

 スタジアムがあるグランディ・21宮城県総合運動公園は、東日本大震災の被災地支援の拠点となった場所だ。広大な敷地にある総合体育館は遺体安置所として使われ、同じ敷地内のスタジアムも屋根の支柱に亀裂が入るなどの被害が出た。

 ▽浮き立つファン

 敷地内でバスを降りてスタジアムに向かうと、間もなく人の列が見える。サッカーのピクトグラムが描かれたパネルの前で写真を撮ろうと順番を待つ人たちだ。「せっかく来たので記念に」。川崎市から訪れた30代女性は笑顔だった。

サッカーのピクトグラムが描かれたパネルの前で記念撮影の列に並ぶ人たち=7月31日、宮城県利府町

 キックオフまで時間があるのでスタジアムのコンコースを歩く。行き交う観客の中には、日本代表やスペイン代表などのユニホームを着る人の姿もあった。

試合前のキューアンドエースタジアムみやぎ=7月31日

 コンコース内にある大会公式グッズ売り場には長蛇の列。少なくとも50人は並んでいた。飲食の売店もある。焼きそば、唐揚げ、フランクフルト、ソフトドリンク―。感染防止対策で酒類は置いていない。仙台市の40代男性は「酒が無くても試合は楽しめる」。その一方で「仙台ではJリーグもプロ野球も酒飲めたのに不思議だね」とも。

 ▽寂しき歓声

 この日は男子準々決勝スペイン―コートジボワール戦。大会組織委員会によると、来場者数は5526人。同会場で行われた10試合では最も多い人数だが、約5万人収容のスタンドは空席がかなり目立つ。

 試合が始まった。両チームともにチャンスが到来すると、観客席から「おーっ」という歓声と拍手が上がる。スペインが逆転ゴールを決めた瞬間、ユニホームを着た男性が興奮して立ち上がり、ガッツポーズを繰り返した。

 ただ、どうしても閑散とした会場が気になる。ほとんどの時間はボールを蹴る音、選手や監督らの声が響くだけ。「コロナがなく、海外応援団などが入っていたらどんな光景だったんだろう」。満員の会場をイメージしながら目の前の光景を見つめると、何だか寂しい気持ちになった。

 ▽復興の横断幕はスルー

 延長戦にもつれ込んだ死闘はスペインがコートジボワールを5―2の逆転で下した。試合終了の笛が鳴ると、観客の多くは立ち上がり、選手らをねぎらう大きな拍手が送られた。宮城県多賀城市の男性(37)は「つまらないミスがないレベルの高い試合だった」と満足げな表情を見せ「無観客の会場が多い中、観客を入れて開催した(村井知事の)英断に感謝したい」と話した。

 帰りのシャトルバス乗り場に向かう途中に「Thank you from MIYAGI~復興支援に感謝します~」と書かれた横断幕があったがスルーする人がほとんど。ピクトグラムが描かれたパネルのように、足を止め写真を撮る人の姿を目にすることはなかった。

キューアンドエースタジアムみやぎの外に掲げられた復興支援への感謝を伝える横断幕=7月31日、宮城県利府町

 「復興は発信できたのか」。出た答えは「ゼロではないが十分とはとても言えない」だ。新型コロナの影響もあり、復興を発信する場がかなり限られてしまった。そればかりは仕方がないと思う。組織委との調整や、決められたルールなど多くの制限があり難しい面もあったと思う。しかし、今大会を復興五輪と位置付け、被災地でせっかく観客を入れたのであれば、試合前のスタジアムでマイクを使って語り部が話したり、復興状況を伝えるような映像を電光掲示板で流したりする場面があっても良かったのではないかと感じた。

 ▽苦しむ人の存在

 7月31日発表された宮城県の感染者数は65人。8月に入ると100人超えの日が続き、8月12日はついに過去最多の220人となった。同日、仙台市長と共に記者会見を開いた村井知事は、無観客開催だった福島県などでも感染者が急増していると指摘し、有観客開催との関連を否定する立場を崩さない。宮城県の感染者数の最多更新はその後も続いた。

 仙台市内では有観客試合が始まった7月21日から酒類提供の飲食店などへの時短営業要請が続き、8月20日からはまん延防止等重点措置が適用された。

 「日本勢の活躍で五輪は楽しかった。客を入れないよりは復興五輪のメッセージも発信はできたのではないか」。仙台市の繁華街・国分町で居酒屋を営む30代の男性はそう評価して見せたが、表情は険しい。最後のひと言が胸に残った。「でも感染者は増え続け、店は時短営業。五輪のしわ寄せは受けた」

 ボランティア、観客、被災者、一般の県民、飲食店など多くの人に話を聞いた。「無観客だったら語り部が話す場はなかった」「被災地を直接見てもらうことはほとんどできなかった」…。有観客の意義について、返ってくる答えはばらばらだった。取材すればするほど、有観客の是非への答えからは遠ざかっていく気がした。記者も消毒や検温など十分な対策が取られた会場を目の当たりにした。観客を入れて開催したことが直接的に感染拡大につながったとは思っていない。ただ確実なのは「陰で苦しむ人がいる」ということ。それだけは疑いようのない事実だと気付かされた。