【在宅医・佐々木淳コラム】大津波はこれから、何とか一緒に乗り越えたい

(佐々木医師提供)

 8月24日(火曜日)より、「コロナ専門往診ルート」が動き始めます。コロナ診療参加の呼びかけにお申し出くださいました、全国の30人を超える医師のみなさま、本当にありがとうございました!

 予想を超えるオファーで、コロナ専門往診ルートをなんと2ルートも開設することができそうです。心より感謝申し上げます。これまで同様、それぞれの地域を守る悠翔会の34人の常勤医に加え、2つのコロナ専門往診ルートが並走することで、より多くの対応依頼にお応えできればと思います。

 しかし、これで一安心というわけにはいきません。現時点で、在宅で症状が悪化し、私たちが対応させていただいているのは、今から1週間~10日前に新型コロナを発症した方々です。おそらく感染したのはそのさらに数日前。8月の最初のころ、ということになります。そのころの東京の1日あたりの感染者数は3000人前後でした。いま、東京の感染者数は連日、5000人を超えています。

 いまから2週間後、今日、感染した人たちが重症化していきます。単純計算すれば、現在の2倍弱の中等症・重症の人たちが生まれることになります。病院のベッドの数は増えません。この増加分のほとんどを、在宅で支えていくことになるのです。

 果たしてそれは可能なのでしょうか。そして、感染者がもし増え続けたら?今の2倍、3倍の中等症・重症の人たちを在宅でみることができるのでしょうか。

 病床も、在宅医も、訪問看護師も足りません。そして中等症Ⅱ以上の方の命を守るために必要不可欠な酸素濃縮器もひっ迫してきています。酸素濃縮器が準備できなければ、そしてその状況で入院ができなければ、いくら医師が往診できても、命を守ることができません。

 原則自宅療養というのは、それでいいと思います。しかし、中等症Ⅱ以上(酸素吸入が必要なレベルの人)を自宅で看ていくことには、やはり無理があると感じます。

 新型コロナの病状変化は時に急激です。朝方なんとか安定している、と思ったら、夕方には急性呼吸不全になっていた、そんなケースも少なくありません。実際、私たちが関わらせていただいた患者さんのお一人が、入院を待つ間に、亡くなった状態で発見されました。1日に何回電話での安否確認をしようが、その間に何かが起こったら対応できないのです。中等症Ⅱ以上の人は、家族を含めた管理能力が高いケースを除き、原則として必要な医療が随時提供できる場所で療養すべきだと思います。

 病床を増やすことができなくても、病床に準じた療養場所を確保することはできると思います。酸素濃縮器の不足を考えると、ホテルのような個室群で1人に1台ずつ酸素濃縮器を配備、ではなく、酸素を集中的に配管で供給できるような場所を作るべきではないでしょうか。

 たとえば災害時の避難所のように学校の体育館を借り上げ、看護師を常駐させ、そこにベッドを並べ、酸素吸入・健康観察ができるようにする。在宅医が定期回診・臨時往診する。病状が回復傾向にある入院患者も迅速に受け入れる。重症化し、酸素吸入で対応できないケースは迅速に病院に入院する。そして酸素が離脱できたら帰宅する。

 在宅医療が往診で対応できるのは、コロナ専門往診ルートでも最大1日10件~15件程度。しかし、このような集合施設を作れば、その都度PPEを着脱することなく、1日に100人~200人の健康観察が可能だと思います。医師不足も、酸素濃縮器の不足も回避することができますし、患者さんにとってもより安全・安心な体制になると思います。

 ホテルは主として軽症の患者を受け入れ、医療監督下で抗体カクテル療法を実施、経過観察して帰宅させる、軽症者治療センターとして運用する。ホテルである必要もないかもしれません。健康観察を集中的にできる「ワクチン接種センター」のような「抗体治療センター」を作る。こうすれば、重症化する人を減らし、酸素需要や入院需要そのものを圧縮できるのではないでしょうか。

 あるいはこのようなセンター化が無理なら、せめて外来や在宅で抗ウイルス薬の投与や抗体カクテル療法ができるようにしていただけないでしょうか。副作用のリスクはもちろんありますが、それをしなければ、それを超える大きな生命のリスクに曝すことになるのではないでしょうか。

 そして、命の最後の砦、病床を守るために。病状が安定したら、もうどんどん退院してもらうべきではないでしょうか。

 運よく入院できればしっかりと治療してもらえる。でも入院できない人は地獄。これは絶対に不公平。多少不安があっても、厳しい時期を脱した人は家に帰るか集合施設に入る。あとは在宅医療で診る。

 とにかくベッドを空けていかないといけない。そして、中等症病床も(現状なし崩し的にそうなっているとは思いますが)重症に対応できるようにしていかないといけない。

 いろいろな無理があると思います。だけど、その人にとっての最適ではなく、地域社会全体にとっての最適を考えなければいけない時だと思います。

 私は政策に意見できる立場にいる人間ではありません。しかし、この1週間、通常診療を制限して、どっぷりとコロナの在宅医療に関わってみて、危機感を新たにしています。

 東京はパンデミックという大津波に襲われています。とりあえず、今は防波堤を少し越水する程度でなんとか持ち堪えています。しかし、この津波は今後も引くことなく、2週間後には1.5倍の高さに上昇することがすでに明らかになっています。

 自然災害は通常、予測ができません。しかし、このコロナという大災害は、外れることのない近未来の予測ができます。なのにただ水位が上がっていくのを見守るだけ。それで本当にいいのだろうか、と無力感に苛まされます。

 もちろん、それぞれができることをやるしかありません。僕らは、今、できるだけたくさんのゴムボートを膨らませ、一人でも多くの人を避難させようとしています。

しかし、防波堤を高くすることはできないのだろうか。この津波の向きを変えることができないのだろうか。あるいは、3週間後、4週間後に着実に推移を下げていくための実効力のある社会介入は必要ないのだろうか。

 私たちには1年半の経験と、それを通じて手にいれた強力な武器があります。そして日本には優れた専門家と、協調性の高い国民がいます。みんなが力を合わせて、なんとかこの難局を最小限の被害で乗り切ることができないでしょうか。

 写真は、患者さんが送ってくださったお守りです。幼少期から通っているお寺で、しっかりと願をかけてきてくださったそうです。訪問診療の縮小でご迷惑をおかけしているにも関わらず、このような心配り。本当に有難いです。

 自分自身が後悔しないためにも、応援してくれる患者さんたちの思いに応えるためにも、まずは自分たちにできることをしっかりとやっていきたいと思います。

佐々木 淳

医療法人社団 悠翔会 理事長・診療部長 1998年筑波大学卒業後、三井記念病院に勤務。2003年東京大学大学院医学系研究科博士課程入学。東京大学医学部附属病院消化器内科、医療法人社団 哲仁会 井口病院 副院長、金町中央透析センター長等を経て、2006年MRCビルクリニックを設立。2008年東京大学大学院医学系研究科博士課程を中退、医療法人社団 悠翔会 理事長に就任し、24時間対応の在宅総合診療を展開している。

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