「タヌキが怖くて帰れない」 小学生にタクシー運転手が救いの手

タヌキとみられる生き物が現れた鳥居付近=長崎市本河内4丁目

 6月下旬、午後7時前。日が傾き始めていた。長崎市本河内4丁目の小学4年生、小森寧々さん(9)は習い事を終え、友人とバスに乗った。降車したバス停からは1人の帰り道。人影のない道を急いだ。
 家まで400メートルほどの場所だった。ガサガサッ-。物音にびっくりして、道路脇の山林を見た。すぐに前方に目を戻すと、15メートルほど先にある神社の鳥居近くに何か生き物がいる。「ネコ?」。いや、ちょっと鼻が長い。「タヌキ?」。しかも大きな1匹と小さな4匹。大きな方と目が合った。怖くて体が固まった。
 追い掛けてこないよう用心深く、ゆっくりと後ずさり。今歩いて来た道を300メートルほど走って逃げた。
 さっきよりも薄暗くなってきた。周りを見ても人がいない。お母さんと連絡を取る手段もない。悩んでいると、少し先で止まった1台のタクシーが目に入った。寧々さんの記憶では、車体の色は「白で赤とオレンジもあった気がする」。
 運転手のおじさんは弁当を食べようとしているところだった。見た目は怖そうだ。でも早く家に帰りたい。その一心で、開いていた窓から声を掛けた。
 「タクシーって現金しかだめですよね」。そう言って、バスのICカードしか持っていないことを話した。
 おじさんが返してきた。「そのカードは使えん。何かあったとね?」
 「タヌキが怖くて帰れない」。事情を正直に話すと、「乗っていかんね」と後部ドアを開けてくれた。
 家までは600メートルほど。鳥居の近くにタヌキはもういなかった。あっという間に家へたどり着き、お礼を言って降りた。玄関のドアを開け、開口一番「タクシーで帰ってきたよ!」。帰りが遅いのを心配していた母、麻美さん(39)は不思議に思い、すぐに外を見に行ったが、タクシーはもういなかった。
 帰り道の話で食卓には笑い声が広がった。家族の中心で寧々さんの表情はどこか誇らしげだった。
 「運転手さんの親切のおかげで温かい気持ちになりました」と感謝する麻美さん。「恥ずかしがり屋だと思っていたけど、自分で考え、動けるようになったんだ」と娘の成長を実感する出来事にもなった。
 親子は運転手にお礼を言うため、その後も探しているが今のところ再会できていない。寧々さんは「休憩時間だったのに乗せてくれてありがとう」と伝えるつもりだ。


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