往年のブルートレインをほうふつとさせるJR西日本の長距離観光特急「ウエストエクスプレス銀河」が人気だ。2020年9月にデビューしたが、新型コロナウイルス感染拡大のあおりを受けて、何度か運行中断を余儀なくされてきた。7月から和歌山・新宮への運行が始まり、同月上旬に報道記者向け試乗会があった。西日本各地の美しい海や空をイメージした色「瑠璃紺」の車体に揺られ、途中下車して夜食のラーメン店を訪れたり、朝食付の景勝地ツアーに参加したり、と盛りだくさんな1泊の鉄道旅を体験した。(共同通信=小林知史)
▽看板列車に乗る誇り
京都駅の31番ホームは、普段から長距離列車が使うホームだ。「銀河」が入線すると、スマートフォンのレンズを向ける一般客の姿もみられ、人気の高さがうかがえた。
かつては日本中を走っていたブルートレインを意識した流麗な車体には、前照灯(ライト)の白いLED照明が似合う。車体は元々、国鉄時代に京阪神の都市を結ぶ「新快速」として通勤客らを運んだ電車だが、特急型電車と共通する設計の部品が多く、乗り心地も良いことから改造元として選ばれた。
午後9時20分の発車直前、「まもなく新宮への旅路に出発です」と男性車掌の声でアナウンスが入る。続く途中駅や到着時刻の案内でも「遠くへ行きたい、をかなえる列車ウエストエクスプレス銀河へようこそ」「この先列車と共に向かう旅路をご紹介いたします」という言葉が飛び出し、普段とは違う雰囲気だ。
銀河の内外装の企画に関わったJR西の福島純営業本部長によると、会社が用意した台本ではないという。福島さんは「会社の看板列車に乗るのは誇り。乗務員が旅の雰囲気作りに自発的に協力してくれている」と語る。
午後10時すぎ、大阪中心部を走る大阪環状線へ。普段着姿の人が待つホームを次々通過していった。車内に流れるのはレールを刻む音と時折のアナウンスのみ。筆者もよく利用する環状線だが、銀河から見ると、いつもと違う特別な景色のように感じた。
▽“夜行鈍行”の旅情を表現
午後10時35分、天王寺駅を出た。同駅は和歌山方面へ特急列車が発着する起点。20年ほど前までは夜行の「鈍行列車」が発着していた。鈍行列車とは停車駅が多く、車内の設備も簡素な普通列車などを指す。企画段階から銀河に関わったJR西の内山興マーケティング戦略課長が銀河で表現したのはそんな“夜行鈍行”の旅情だという。学生時代、東京から関西へ帰省する際に鈍行列車をよく利用していた、と教えてくれた。
銀河の少し手狭なラウンジスペースは、ひざを突き合わせて座る鈍行列車のボックス席がモチーフだ。「駅で買った冷凍みかんを分け合い、相席になった見知らぬ人との会話を楽しんだ」と内山さんは懐かしそうに語る。
銀河は、同じJR西の、最低額でも1泊2日で1人30万円ほど必要なダークグリーンの豪華寝台列車「瑞風」とは差別化が図られている。夜食や朝食などのオプションが付くものの、食堂車などの豪華サービスは予定されていない。料金は人数や選ぶ座席によって異なり、和歌山で泊まる宿などによっても変わるが、1人3万円弱~(車中泊、帰りは特急を使用)とリーズナブルだ。「自分で旅行を組み立ててもらう(JR西広報担当者)」のが狙いという。
▽「カタンカタン」で目が覚める
和歌山駅には午前0時前に到着。1時間ほどの停車時間に、駅近くの店で名物「和歌山ラーメン」を食べられる。濃いしょうゆ味が夜食にちょうど良い。店までの往復500メートルほどは自分の足で歩く。
和歌山駅を過ぎると午前6時に串本駅に着くまで消灯時間に。向かい合う2席を倒すとベッドが出現した。身を横たえると眠気がやってきた。少し固めの寝心地だが、1人が寝るには十分な幅があった。
空が白み始めた午前5時ごろ、目が覚めた。「カタンカタン」とレールの継ぎ目をたたく音が心地よい。
本州最南端、紀伊半島の海岸線を走っていた。窓の外を見やると、波のない静かな海に庭石のように黒い岩が敷き詰められた様が美しく、眠気も忘れてしばらく見とれていた。
▽居眠りがもったいない絶景
夜が明けて最初の停車駅の串本は戦前に開業した。車外に出る際、ホームと列車の高低差にガクッと転びそうになり、寝ぼけた頭がハッとした。高低差は、蒸気機関車がけん引したかつての客車列車時代の名残という。車いす利用者にはホームと列車を渡すスロープが急で危険なこともあり、JR社員と添乗する旅行会社のスタッフがバリアフリーの課題として話し合う姿もあった。
串本市街地での観光タイムでは、新鮮な地元の魚介類を味わったり、海岸の奇岩「橋杭(はしぐい)岩」をガイド付きで見学できたりし、旅最大のハイライトだ。
串本から終点の新宮までは太平洋が線路の際まで迫り、居眠りがもったいないほどの絶景が続く。対向列車との行き違いのために停車した湯川駅では、乗客が景色を見やすいように海側の雑草がきれいに刈り取られていた。人の背丈を超えるほど伸びていたのを、鉄道好きの和歌山大の学生グループらが刈り取ったという。せっかくの海沿いの景色が草木で遮られる残念な路線は多い。銀河の旅はJRだけでなく、「絶景をより楽しんでほしい」という地元の人の熱意にも支えられていた。
午前9時半過ぎ、新宮市の田岡実千年市長らが横断幕を持って出迎える中、新宮駅に着いた。地元の子どもたちのはしゃぐ姿もあった。
▽「鉄道に親しみ持つきっかけに」
臨時運行の銀河は、単体で大きな利益が上がるほどの売り上げを生む列車ではないが、JR西の和歌山支社関係者は「普段は車を使っている沿線住民でも、銀河をきっかけに鉄道に親しみを感じて利用してくれるようになったら良い」と期待を寄せる。ローカル線の存廃問題に抜本的な解決策は簡単には見つからないが、実用性だけでなく、多くの人が銀河のように鉄道旅の楽しさを伝える列車で「乗り鉄」をすれば、良い未来も描けるのかもしれない。