小泉今日子流のグローイング・アップ「夏のタイムマシーン」の刹那  夏の終わりに聴きたいとっておきの1曲

小泉今日子における筒美京平メロディの総まとめ「夏のタイムマシーン」

1988年7月、つまり昭和最後の夏にリリースされた小泉今日子のシングル「夏のタイムマシーン」は、10分近くにも及ぶ長尺の大作であった。発売形態は12インチ、カセットテープ、及び8センチシングルにて。3曲入りのミニアルバムという解釈も出来るが、前作「GOOD MORNING-CALL」が3月、次作「快盗ルビイ」が10月のリリースであったことから見ても、やはり24枚目のシングル(ヴァージョン違いや別ミックスの12インチを除く)にあたる作品だろう。

1983年の「まっ赤な女の子」に始まり、「半分少女」「迷宮のアンドローラ」「ヤマトナデシコ七変化」「魔女」「なんてったってアイドル」「夜明けのMEW」「水のルージュ」と、様々なタイプの曲を小泉に提供してきた筒美京平による楽曲。歌い手の声の魅力を最大限に引き出す筒美メロディの、小泉今日子における総まとめと言っても良さそうだ。

あくまでも憶測でしかないけれど、おそらく筒美自身もそんな気持ちで臨んだ作品ではないだろうか。以降、筒美が小泉に書いたシングル曲は、実に7年後、1995年のドラマ主題歌「BEAUTIFUL GIRLS」のみである。

小泉今日子自身も好きな曲、作詞は田口俊

田口俊の詞は、主人公の女性が繊細な少女の頃を回想しながら、今を懸命に生きる姿に重ねて綴られる。青春時代の鮮烈な想い出の季節はやはり夏が相応しい。『アメリカン・グラフィティ』に『グローイング・アップ』、代表的なジュヴナイル小説の舞台もたいていは夏なのだ。

真夏の眩しい太陽、ファーストキスの想い出、砂浜での願い事、悩み多きティーンエイジャーの記憶がフラッシュバックする。現在と過去を行き来しながら、幸せな未来を思い描く自分。閉塞感と解放感か不思議に同居する青春の日々を過ごしながら少女は少しずつ大人の女性へと成長を遂げてゆくのだ。

小泉の実年齢に合わせて書かれたかどうかは定かでないが、自らのレパートリーの中でも好きな一曲に挙げているそうだから、相当に感情移入しながら歌われていたであろうことは想像に難くない。デビュー7年目、表現力の素晴らしさに心を奪われる。

未来への希望を予感させるアレンジにも注目

センチメンタルな夏の終わりに聴くと最も心を揺さぶられそうな、川村栄二のアレンジも出色で、映像作品の劇伴を数多く手がけていた実績が活かされている。傷つきやすい青春のはかなさが絶妙に表現された詞とメロディを、未来への希望を予感させる躍動的でドラマティックなサウンドに昇華させた手腕を讃えたい。

余録ながら、カップリングの3曲目だった「快力!ヨーデル娘」は、三菱エアコン霧ヶ峰のCMソングで、マルチプロデューサー・秋山道男の作詞、そして細野晴臣の作曲というかなり特殊な作品。冷房とヨーデルの “レイホー” をかけているのは言わずもがなだが、すごいのは、日本におけるヨーデルの第一人者にして重鎮だったウイリー沖山がレコーディングに参加していること。発売当時、個人的にはついこちらに興味が向いてしまったのだった。キョンキョンがバスタオル姿で楽しげに飛び回っていたCMも忘れられない。

80年代に出された12インチで、その形態に最も意味があったと思われる一枚。非売品ながら、「短篇 夏のタイムマシーン」と題された短いリミックス版と「快力!ヨーデル娘」がカップリングされたプロモーション用の7インチシングルが存在することも付記しておきたい。

カタリベ: 鈴木啓之

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