「ディマジオになれ」エンゼルス・大谷翔平の活躍で思い出す長嶋監督が松井秀喜氏に説いた言葉

歴史的なシーズンを送る大谷(ロイター=USA TODAY Sports)

【松下茂典・大谷と松井、太平洋に虹を架けた二人(最終回)】2012年7月3日、筆者は松井秀喜に取材するため、フロリダ州セントピーターズバーグにあるレイズの本拠地、トロピカーナ・フィールドのクラブハウスにいた。

視線の先には、この年限りでユニホームを脱ぐ松井の姿があった。持病の両ヒザ痛に加え、前日に左足太腿裏まで負傷し、心身共にどん底にあった。

日本人記者が遠巻きにする中、初老の男が近づき、何事か耳元にささやき、松井を笑わせた。ジョー・マドン監督だった。

今シーズン、そのマドン監督と大谷翔平の笑顔をテレビで見るたびに、9年前のことが蘇った。

松井と大谷の野球人生に共通するのは、指導者に恵まれたことであろう。高校時代は、山下智茂監督(星稜)と佐々木洋監督(花巻東)。プロ入り後は、長嶋茂雄監督(巨人)と栗山英樹監督(日本ハム)。長嶋、栗山両監督のバックアップがなければ、松井も大谷も海外雄飛は難しかったに違いない。

今シーズン、試合に出続ける大谷の姿を見て、わたしは長嶋監督が松井に説いた「ジョー・ディマジオ(元ヤンキース)になれ!」という言葉を思い出した。

長嶋監督に取材したとき、その言葉の意味を訊くと、こう語った。

「松井には青少年のシンボルになってほしかった。シンボルには誰でもなれません。心を鍛錬し、マインドをつくりあげ、力を持った人だけがシンボルになれるんです」

ディマジオは「56試合連続安打」(現在もメジャー記録)が有名だが、それ以上に評価が高いのは、ファンに対する誠実な態度。試合を休まない理由を問われたときの返答が振るっている。

「遠方から球場に来たファンを落胆させたくないんだ。だって、その日が一生に一度の野球観戦かもしれないじゃないか」

今シーズン、過酷な二刀流を続けた大谷が3試合しか欠場していないという事実(8月23日現在)は、ディマジオのポリシーに叶うといっていいかもしれない。

大谷が松井の持つシーズン本塁打記録(31本)を更新したとき、松井が大谷に送ったエールは、長嶋監督の教えそのものであった。

「これからも、ファンや少年たちの夢を背負い続けてほしい…」

太平洋に虹を架けたホームランバッターは松井と大谷だけではない。

トロピカーナ・フィールドを訪ねた日、クラブハウスで浅黒い顔をした外国人に流暢な日本語で声を掛けられた。

「お疲れ! お疲れ! お疲れ!」

誰かと思ったら、かつて値千金の本塁打で西武ライオンズを何度も日本一に導いたオレステス・デストラーデ(当時・レイズのコミュニティ開発ディレクター)であった。(文中敬称略)

☆まつした・しげのり ノンフィクションライター。1954年、石川県金沢市生まれ。明治大学卒。「広く」「長く」「深く」をモットーに、アスリートのみならず家族や恩師等に取材し、立体的なドラマ構築をめざす。主な著書に「新説・ON物語」「松井秀喜・試練を力に変えて」「神様が創った試合」。近著に1964年の東京オリンピックをテーマにした「円谷幸吉・命の手紙」「サムライたちの挽歌」がある。

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