父親から手渡された古いノートをめくり、神一誠(かみもとなり)(32)は驚いた。色あせた文字で記された内容と、自身の事業構想が合致していたからだ。
「俺も30年前に同じことを考えたが、当時のデジタル技術では難しかった。本気でやるなら、うちを辞めて挑戦すべきだ」
2年半前。神は、祖父が経営する総合物流会社の幸栄(川崎市川崎区)で、貨物の輸出業務に携わっていた。そこで業界の閉鎖的な実態を知り、新たなビジネスアイデアを発案。副会長の父親に事業化を相談したのだった。
だから、家業を飛び出せというアドバイスは意外だった。ただ、納得もできたという。「確かに社内からの展開には限界があるな、と。退社の決断までには相当悩みましたが」
神は大学卒業後、人材広告会社や不動産会社で抜群の営業成績を残し、2018年に創業家の3代目として迎え入れられた。会社の業績は堅調で、結婚して第1子を授かってもいた。
このまま安全な道を歩み続けるか、起業という難路を進むか─。
そんなとき、背中を押してくれたのは妻だった。誕生日プレゼントとして受け取ったのは、法人登記用の印鑑セット。「応援するよ」。将来のトップ候補は、家業に別れを告げた。
19年11月設立のWillbox(ウィルボックス、横浜市中区)は、物流企業の情報を一元化したウェブサービス「Giho(ギホー)」を手掛ける。荷主企業に対し、貨物の梱包(こんぽう)や輸送、通関といった工程ごとに最適な発注先を提案する仕組みだ。