放流したサケの稚魚、戻ってこないのはなぜ? 北海道でピーク時の3分の1、資源回復に試行錯誤

北海道標茶町の西別川に放流され、群れを成して泳ぐシロザケの稚魚=5月

 朝食のおかずやすしのネタとして日本人になじみが深いサケ。国内の漁獲量の9割を占める北海道は1980年度以降、毎年約9億~11億匹の稚魚を放流してきた。近年はピーク時の30%ほどしか生まれ故郷に帰ってこず、低迷が続いている。温暖化による海水温上昇の影響も指摘されているが、果たして原因はそれだけだろうか。道をはじめ関係機関は資源回復に試行錯誤している。(共同通信=石黒真彩)

 ▽川のにおい

 サケは毎年3~5月ごろに道内各地の川で放流され、3~5年かけてオホーツク海、北太平洋西部海域、ベーリング海、アラスカ湾を巡り、産卵のために放流された川に戻ってくる。

 何を頼りに故郷にたどり着くのか。上田宏北海道大名誉教授(魚類生理学)は「稚魚の時に放流された川のにおいを覚え、数年後一定の成長を迎えると、それが引き金となって思い出したにおいを頼りに戻ってくるようです」と話す。

 ただ近年は、川に戻ってくる「来遊数」は減少の一途だ。2004年度のピーク時には約6千万匹が戻ってきたが、20年度は約1800万匹にまで低迷。

 資源の管理や調査研究などをする道立総合研究機構さけます・内水面水産試験場によると、沿岸の海水温が以前に比べて上昇するのが早く、放流に適した5~13度の水温の期間が短いことが原因と考えられるという。

 上田名誉教授は海水温の変動には地球温暖化が影響していると指摘し「130年以上かけて確立した日本のふ化放流技術が、今の環境に適応できなくなりつつあるのかもしれない」と危機感を示した。

 ▽ハーブで寄生虫予防

 ただ、水産試験場も手をこまねいているばかりではない。現状を打開するため、次々と方策を打ち出してきた。

 「稚魚に寄生虫が付かない方法はないか」。道からサケの増殖事業の委託を受ける「さけ・ます増殖事業協会」からの声を受け、14年以降、水産試験場は寄生虫予防に効果があるエサの開発に取り組んだ。民間企業が植物の油を魚類の寄生虫予防に活用していたことから、よりにおいの強いハーブに着目。

シロザケの稚魚=5月、北海道標茶町の西別川

 ハッカやミント、ラベンダーなど約30種類のハーブを試した結果、最も効果が出たのがオレガノだった。17、18年には稚魚の一部にオレガノから抽出した油を混ぜたエサを与えて放流した。担当者は「今年の秋以降、どれくらいサケが戻ってくるか」と気をもむ。

 また17年には、道東部で海水温が低く、多くの稚魚が死んでしまったこともあり、一部の放流先を川から汽水の湖沼に変更した。水深が浅いため日光で温まりやすく餌が豊富なことから、海に移動する前に稚魚が育ちやすいという。

 放流した際の稚魚の平均体長は48・1ミリだったが、9日後には54・8ミリになり、川に放流した稚魚よりも成長が早いことが分かった。20年秋のサケの回帰率を調べたところ、放流先の沼は近隣の川と比較して約3・5倍高かった。

サケの稚魚に餌をやる関係者=4月、北海道浜中町の藻散布沼

 ▽切り札

 さらに来遊数回復の切り札として期待されるのが青魚に豊富に含まれる成分DHA(ドコサヘキサエン酸)だ。ヒトでは脳の機能を高める働きがあるとされるが、稚魚に与えると飢餓に強くなると見込まれている。道は本年度、稚魚数千万匹に与える餌にこのDHAを混ぜる費用などとして計約5300万円の予算を盛り込んだ。

捕獲したサケを雄と雌に選別する作業=2020年9月、北海道千歳市

 効果は既に実験で裏付けられている。20年に普通の餌を与えた稚魚60匹と、DHAを含む魚油をまぶした粒状の餌を7日間与えた稚魚60匹、同じく14日間与えた稚魚60匹と三つのグループに分け、餌を与えずにそれぞれのグループの半数が死ぬまでの日数を調べたところ、DHAを含む餌を14日間与えたグループが最も長く生き延びた。

 今年DHA入りの餌を与えた稚魚が親魚として、戻ってくるのは早くても3年後。同試験場の隼野寛史さけ・ます資源部長(55)は「放流後は自然に委ねるしかないことに難しさを感じるが、われわれの手から離れる前に栄養を蓄えさせるほか、飢えへの耐性をつけさせることで来遊数回復につながればいい」と力を込めた。

© 一般社団法人共同通信社