「あんなに馬の気持ちが分かったのは初めてだった」 非業の死を遂げたファンタジストが〝残してくれたもの〟

筆者とじゃれ合うファンタジスト(2019年9月撮影)

【赤城真理子の「だから、競馬が好きなんです!!!」】

ファンタジストの死(2019年・京阪杯のレース中に急性心不全を発症)を乗り越えられた訳じゃないけれど、その名前を聞くだけで辛かった2年前と比べ、今は彼の強かったレース、お茶目で子供っぽくて可愛かった普段のこと…を愛おしい思い出として振り返れるようになりました。

虫除けスプレーが怖くて逃げ回っていたファンタ。ヤンチャしすぎて隣の馬房の女の子に怒られ、シュンとしていたファンタ。玲奈さん(前原助手)にかいてほしくて、馬栓棒(※馬房の入口をふさぐ棒)の上にお尻を突き出して待ち構えていたファンタ。服を引っ張って〝かまってアピール〟をしてくるファンタ。小倉滞在時、競馬場の近くを走るモノレールと追いかけっこをしようとしたファンタ。普段はこんな様子なのに、いざ本気で走り出すと全身から気迫をみなぎらせ、とびきりカッコ良かったファンタ──。

まるで人間みたいな馬でした。

彼の死の翌年、【赤城真理子の聖地巡礼】「昨年11月に悲劇の死ファンタジストと陣営の人馬を超えた絆」というコラムを書きました。どうしても伝えたいことがあったから。でも、書きながら胸を潰されるような思いだったのを、鮮明に思い出します。

ファンタの一周忌には厩舎に花を持って行きました。彼の〝相棒〟、もとい担当の硎屋助手にはあえて会わないように…。なぜ? それは硎屋助手がどれだけ苦しんでいたかを見てきたから。あれから1年がたっても、きっとファンタの話はまだ出来ないと思ったからです。

2019年、〝あの日〟のすぐ後、ファンタジストの全妹であるボンボヤージの阪神JF参戦が迫ってきていました。当時の記事をネットで探すと、硎屋助手がゴーグルを着け、彼女にまたがっている写真が出てくると思います。特に何の変哲もない光景。だけど、きっと硎屋助手を良く知る方なら、その違和感に気づいたはず。硎屋助手は普段、ゴーグルを着けない方なんです。

「こんなんじゃダメだと思っても、ずっと涙が止まらなくて。ボン(ボンボヤージ)に乗っていても、トレセンのいたるところにファンタの痕跡がある。ここでいつも物見してたなぁとか、ここでちょっと暴れたんだとか。そういうのがキツかった。…今でもそうなんだけどね」と、今になってやっと当時の事を振り返って明かしてくれた硎屋助手。それでも〝ファンタ〟の名を出した時、その声は震えていました。

「俺、トレセンに入ってもう長いけど、あんなに馬の気持ちが分かったのは初めてだったよ。ファンタとはまるで話せるみたいだった。考えてることが全部、手に取るように分かる気がした」

ファンタのことを話してくれるようになっても、硎屋助手の心に、まだ暗い影を落としているのは明らかでした。ファンタを亡くしてしばらくした後、梅田調教師が「馬を亡くして傷ついた心を救ってくれるのは、馬しかいない」と言っていましたが、私はその言葉通りのことを、妹のボンボヤージに感じています。なぜなら、硎屋助手が「ボンボヤージで京阪杯のタイトルを獲りたい。本当に、それが夢」だと言えるようになったから。

記者として失格なのは百も承知ですが、私は昨年の京阪杯を見れていません。ごめんなさい…結果だけ見ました。なんなら北九州記念、セントウルS、スプリンターズSも見るのが辛かった。だけど今年の北九州記念は、昔と同じような気持ちで、しっかりと見ることができました。

梅田厩舎とともに担当している谷厩舎の、デビュー時から応援するヨカヨカの勝利を目に焼き付けられた、それはボンボヤージが同じレースに出走してくれたおかげだと思っています。彼女は結果10着で、賞金は加算できなかったけど、この後の状態が良ければ、まだ夢を実現する可能性があります。もし叶わなくても、兄と同じスプリントの舞台を彼女が無事に走り切ってくれるたび、彼に触れられる気がします。

私も、ファンタのことを考えたら、今でも悲しいです。だけど、ファンタのことを〝この世からいなくなってしまった〟時のこと「しか」思い出せない方がよほど辛いことだと思うようになりました。ファンタのファンになって、応援できて、確かに幸せだったから、その気持ちの方を大事にしたい。そして、どんな意見があろうとも、彼がどれだけ厩舎で大切にされていたかを、また伝えていきたい。

その第一歩として、今までは辛すぎて言えなかったファンタが〝残してくれたもの〟のひとつを、ここで書かせていただきます。これは梅田調教師が、廣崎オーナーと一緒に、当時入院していた浜中騎手のお見舞いに行った際に聞いたお話です。

「ファンタジストが倒れたのは本当に突然のことでした。予期できるようなことじゃなかった。だけど、倒れる二完歩前、彼が僕に合図をくれたんです。〝ちょっとおかしい〟って。それで一瞬、受け身というか、落ちるっていう体勢をとれた。あの合図がなかったら…どうなっていたか分かりません」

「浜中にこんな怪我をさせてしまって本当に申し訳ない。だけどファンタは、最後の最後に、浜中を助けてくれたんかな」

ポツリとそういった梅田調教師。その言葉にはファンタジストへの愛が詰まっている気がしました。

ファンの皆さんは、ファンタジストのどんなところが好きでしたか? 彼の印象に残るレースは? すごく表情豊かな馬でしたが、どの顔がいちばん愛おしかったですか?

きっとその中には、私が知らないファンタもたくさんいるのでしょう。直接お話できる機会があったら、いつの日か、彼のファンの皆さんと、「想い出のファンタジスト」について話したいです。私たちファンが忘れないかぎり、彼はトレセンに、ターフに、ボンボヤージと硎屋助手のそばに、いつづけてくれていると思うから。

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