愛馬、愛妻と三位一体 東京パラリンピック馬術・宮路満英選手 きょう2度目の夢舞台

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パラリンピックに2大会連続で出場する宮路満英選手(日本障がい者乗馬協会提供)

 東京パラリンピック馬術日本代表の宮路満英選手(63)=出水市出身=が2度目の夢舞台に立つ。幾多の困難を乗り越えてきたベテランは、愛馬とサポート役の妻裕美子さん(63)と三位一体、26日の本番を迎える。

 学生時代を大阪で過ごし、馬好きが高じて23歳で日本中央競馬会(JRA)の調教助手になった。しかし47歳の夏、滋賀の栗東トレーニングセンターで、脳卒中に倒れた。1カ月間意識を失い、5カ月間入院した。高次脳機能障害と右半身まひの後遺症を抱えた。

 失意の中、リハビリを兼ね、友人の馬を触りに行った。ふと飼い犬を馬に乗せると、器用にバランスを取り楽しげだった。「いいな。自分も乗りたい」。発症から2年後に再び馬に乗り始め、2011年頃から本格的にパラ馬術の道を進み始めた。

 当初、裕美子さんは反対だった。まひの影響でバランスが取りにくく危険だと思った。「でも一度決めたら変えない性格だから」。今では大会に付き添い身の回りの世話をするだけでなく、記憶障害でルートを覚えるのが難しい満英さんのため、場外から指示を出すコマンダーを担う。

 宮路選手は競技中、まひで動きにくい右腕を固定し、巧みに馬を導く。「パラ馬術は年齢、障害、性別関係なく楽しめる」とほほ笑む。

 毎年帰省し親戚と焼酎を楽しむ。出水市高尾野町に住むいとこの夘木(うのき)富夫さん(63)は「前回リオ大会のとき、東京に出場できたら見に行くと話していた。コロナで行けず残念だが、ぜひ楽しんで力を出し切ってほしい」

 元馬術選手で南九州市川辺町の久木山元和さん(73)は57歳で脳梗塞に倒れ、左半身まひに。宮路選手の影響を受けてパラ馬術を始めた。自身の境遇と重ね「これまで苦労も多かったと思う。まさに『キバレ』という気持ち」。鹿児島から熱いエールを送る。

 宮路選手は帰省時、指宿の砂蒸し温泉にもよく行く。「まひした体が少し動くようになる感じ。ずっといたいなと思う」とほれ込む。「出水は3歳までしかいなかったけど気持ちは鹿児島県人。鹿児島の人に自分と馬の活躍を見ていてほしい」

宮路満英選手(日本障がい者乗馬協会提供)