【コラム】カジノ都市マカオならではの新型コロナワクチン接種状況(WEB版)/勝部悠人 世界最大のゲーミング都市「マカオ」の現況

新型コロナ対策の切り札として世界各地で接種が進むワクチン。マカオ政府は2回接種を前提に、人口の2倍超にあたる150万回分を早々に確保することに成功。今年2月9日から高リスク層(カジノディーラー含む)を優先して接種がスタートし、以降は段階的に対象が拡大され、約1ヶ月後には就労ビザを持つ外国人も含めてほぼ全市民が対象となった。

マカオ政府が確保したワクチンは、中国・シノファーム製の不活化ワクチン、ドイツ・ビオンテック社製のmRNAワクチン(日本でファイザーと呼ばれる「コミナティ」に相当)、英国アストラゼネカ社製のアデノウイルスベクターワクチンの3種類。目下、シノファーム製とビオンテック製の2種類が使われており、接種希望者が自由に選択することができる。

マカオでは新型コロナ流行の封じ込めに成功している状況で、約500日にわたって市中感染確認ゼロを維持(記事執筆時点)。同じく状況が落ち着いている中国本土との間で昨年第3四半期から往来制限の緩和が進み、すでに一定の条件下で隔離検疫なしでの往来も再開されているが、域外からの流入阻止を目的とした厳格な水際措置が講じられている。マカオ政府では、さらなる域外との往来制限緩和のためには免疫の壁を構築することが不可欠とし、接種率8割の達成を目標として掲げ、市民に早期の接種を呼びかけるも、域内の状況が長期にわたって安定するなど切迫性がないこともあり、7月末時点では4割強にとどまる。政府は接種率向上のため、予約なしでの接種にも対応する大規模な接種センターの設立や、大企業や大学と組んで職域接種の展開を進めている。

職域接種の受け入れに積極的なのが、従業員数規模がマカオの中で突出しているカジノIR(統合型リゾート)運営企業だ。その総数は約10.8万人。マカオ政府とカジノ経営コンセッションを結ぶ6陣営すべてが職域接種を実施しており、理由として防疫の壁を構築するという政府目標への寄与を挙げている。インバウンド旅客への依存度が高いカジノIR運営企業にとって、さらなる域外との往来制限緩和の実現は悲願だ。カジノIRは大勢の旅客や市民が行き交う職場でもあり、運営企業は職域接種の受け入れにあたって衛生局の職員を招聘してワクチン及び防疫への理解を深めるセミナーをセットで実施し、啓蒙活動を行っていることも特徴といえる。
特に6陣営の中では、シティ・オブ・ドリームズやスタジオ・シティを運営するメルコリゾーツ&エンターテインメント社の取り組みが注目を集めた。同社では、社員のワクチン接種がゲスト、地域コミュニティの安全につながるとし、「Get the Jab」と銘打った香港・マカオ拠点勤務の社員向けのインセンティブプログラムを導入。接種会場へのバス送迎、接種当日と翌日に有給休暇付与、接種完了で1人あたり1000マカオパタカ(約1万3700円)支給に加えて社員の接種率が一定の割合に達した段階で現金の当たる抽選を実施するというもので、最高賞金は100万マカオパタカ(約1370万円)にも上る。同社によれば、同プログラムの実施にかかる予算は約1600万マカオパタカ(約2.2億円)とのこと。5月下旬にスタートし、7月末までに対象となる社員の約65%が接種を完了したという。

マカオの同業内でも接種当日及び翌日を有給休暇とする例はあったが、現金支給や賞金を含むインセンティブを提供したのはメルコリゾーツのみ。マカオでは接種が義務ではなく、現金目当てに体調不良であっても無理を押して接種する人がいないとも限らない、ということなのだろう。他の5陣営が公表した資料でも、メルコリゾーツほどではないが、マカオの全体平均を上回る5割超の接種率となっており、一部は社員及びその家族にも接種機会を提供していた。

5月下旬から6月下旬にかけて、マカオと隣接する広東省で感染力の強いデルタ株の再流行があり、マカオへ流入するリスクも高かったことから、ワクチン接種率が急上昇。しかしながら、広東省での再流行が終息して以降、マカオのワクチン接種者数が伸び悩んでいる。現在、マカオと香港の間で隔離検疫なしでの往来に関する協議が進められており、条件のひとつにワクチン2回接種が含まれるとされている。記事執筆時点で具体的な実施日は未公表だが、これが実現すれば接種率の向上につながる可能性もある。

メルコリゾーツの社員向けワクチン接種推進インセンティブプログラムの一環として開催された現金が当たる抽選会の様子 ©Melco Resorts & Entertainment Limited

■プロフィール
勝部 悠人-Yujin Katsube-「マカオ新聞」編集長
1977年生まれ。上智大学外国語学部ポルトガル語学科卒業後、日本の出版社に入社。旅行・レジャー分野を中心としたムック本の編集を担当したほか、香港・マカオ駐在を経験。2012年にマカオで独立起業し、邦字ニュースメディア「マカオ新聞」を立ち上げ。自社媒体での記事執筆のほか、日本の新聞、雑誌、テレビ及びラジオ番組への寄稿、出演、セミナー登壇などを通じてカジノ業界を含む現地最新トピックスを発信している。

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