これまで5試合と違う広島戦の引き分け 田中碧の抜けた穴は大きい川崎フロンターレ

J1 広島―川崎 広島と引き分け、選手を迎える川崎・鬼木監督(左から2人目)=Eスタ

 試合終了のホイッスルと同時に画面に映し出された顔。その表情は首位チームの指揮官のものとは思えない、激しく悔しさをにじませたものだった。言葉こそ発してはいなかったようだが、まるで「マジかよ」という心の声が聞こえてくるようだった。

 8月21日のJ1第25節、サンフレッチェ広島対川崎フロンターレ戦。風雨の中での試合は1―1の結果に終わった。これで川崎は2試合連続の引き分け。広島戦後に見せた鬼木達監督のこれまでにあまり記憶にない姿は、チャンピオンチームの中で何かうまくいかないことがあるのではと勘ぐるのに十分だった。

 データを見れば、ボール保持率で60パーセントを超え、いつもの川崎と変わらないような数字が残る。だが、ゴール枠内へのシュートは広島と同じく2本だけ。前節の柏レイソル戦で今季初の無得点に終わったが、これまでの攻めまくって勝つイメージが少し変わりつつある。

 もちろん相手のあることだから、常に自分の思い通りにとはいかない。この日の試合では広島の良い面が目立った。前半27分、2人のベテランが違いを見せた。右サイドの藤井智也のスローイン。それを受けた36歳の柴崎晃誠が、マークする川崎DF登里享平とうまい入れ替わりを見せて、ゴールライン際からマイナスのセンタリングを送る。これを34歳の柏好文が右足インサイドで正確に合わせた。ゴール左のサイドネットに送り込んだ先制点は「シュートはコース。強く打てば良いものじゃない」という見本のようだった。

 「晃誠(柴崎)さんがうまく抜け出してくれて、先輩がお膳立てしてくれた」。そう話す柏は9日にJ1通算300試合出場を達成。試合前にセレモニーが行われ、そして自ら祝福するような見事なゴール。高い技術とアグレッシブさは、いささかの衰えも感じさせない。

 先制点を挙げて精神的な余裕があったこともある。広島の前線からの積極的な守備が、川崎の持ち味であるパス交換を分断する。主将の谷口彰悟が故障でメンバーから外れた川崎。キャプテンに代わってCBのポジションに入った車屋紳太郎は「つなぎの途中で奪われてカウンターなど、そこから押し込まれる展開が続いた」と振り返った。

 「らしくない」川崎。システムは変わらないのだが、ボールの収まりが悪い。やはり、海外移籍により田中碧と三笘薫が抜けた穴は予想以上に大きいのではないか。2人とも昨季Jリーグのベストイレブン。若い選手ではあるが、チームの中心として絶対的な存在感をもっていた。それだけに、そう簡単に後継者は見つからなかい。

 中盤はアンカーのジョアン・シミッチの前方に2人の選手を配置する。この試合では、キャプテンマーク巻いた脇坂泰斗と五輪代表の旗手怜央がその役を務めた。もちろん2人とも誰もが認める才能とセンスの持ち主だ。

 ただ、ここ数年の川崎の強さの基盤となった「時間をつかさどるサッカー」のキーマンとは、ちょっとタイプが違うのかなという気がする。これまで時間を自在に操っていたのは、中村憲剛であり田中だった。特に田中は中村が引退した後は「王様のような存在」だった。それと同じ感覚を持つ大島僚太も負傷中であることを考えると、しばらくは川崎は我慢の時期を過ごさなければならないのだろう。

 後半28分、それでも川崎は個人の能力の高さを見せた。シミッチに代わって入った橘田健人が瞬時にスペースを見つけ出して右前方にロングパス。裏に抜けた旗手は、味方がゴール前に攻め上がるまでタメをつくって左足でラストパスを送る。その難しいグラウンダーのクロスを、レアンドロダミアンはいとも簡単にコントロール。左足でトラップすると、浮いたボールを間髪入れずに右足の抑えたシュートでゴールにたたき込んだ。GK大迫敬介とすれば、至近距離からDFの股を抜けてきただけにノーチャンスのボールだっただろう。

 1―1の引き分け。今季6試合目のドローだが、過去5試合とは意味が違うのだろう。ディフェンディング・チャンピオンとすれば試合内容に不満が残ったようだ。それは鬼木監督の会見の言葉にも表れていた。

 「球際であれだけ(相手に)自由を与えれば、自分たちのサッカーはできなくなる。広島さんも良くやっていたが、自分たちの距離感のミスが非常に多かった」

 リーグも残り10試合あまり、シーズンの3分の2が終わった。消化試合数の違いこそあったが、川崎は一時、2位に20近くの勝ち点差をつけていた。それが、気が付いてみると強力なライバルが出現した。爆発的な攻撃力で驚異的な追い上げを見せる横浜F・マリノスが肉薄してきた。ともに攻撃サッカーを志向する、昨年の王者フロンターレと一昨年の王者マリノス。この両チームのいずれかが優勝を手にする公算が大きい。見る者を飽きさせないマッチレースから当分目が離せない。

岩崎龍一(いわさき・りゅういち)のプロフィル サッカージャーナリスト。1960年青森県八戸市生まれ。明治大学卒。サッカー専門誌記者を経てフリーに。新聞、雑誌等で原稿を執筆。ワールドカップの現地取材は2018年ロシア大会で7大会目。

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