米中戦争、民主主義陣営結束して回避を 小説「2034」著者の元海軍大将

ジェームズ・スタブリデス氏(本人提供・共同)

 2034年に南シナ海で米中両国が戦争に突入する様子を描き、米国でベストセラーとなった小説「2034」の著者、ジェームズ・スタブリデス退役海軍大将が共同通信とのインタビューに応じた。中国が急速に軍備増強を進める中、軍事衝突のリスクは小説が想定する2034年よりも間近に迫っていると指摘。戦争がいかに悲惨なものになるか想像し、回避策を考えるべきだとして「専制主義国家である中国が冒険を犯すのを抑止するためには、しっかりとした戦略を打ち立てて民主主義陣営の連携を強化すべきだ」と訴えた。(共同通信=田中光也)

 ▽背筋凍るシナリオ

 ―小説は、南シナ海で「航行の自由」作戦を実施していた米駆逐艦が不審船に近づいたのをきっかけに、米中が核攻撃へとエスカレートする様子を生々しく描いている。

 読者から「背筋の凍る内容だ」との感想が多く寄せられている。冷戦時代の文学にヒントを得た。冷戦時代は米国と旧ソ連の戦争を題材にした小説や映画がたくさん作られ、それを見れば戦争がいかに悲惨なものになるかを想像でき、抑止にも一役買った。中国が台頭する中、米中の戦争がどのようなものになるのかを描く小説を書こうと思った。

米軍が南シナ海で行った演習で原子力空母ロナルド・レーガンに着艦する戦闘機=2020年7月(米海軍提供・AP=共同)

 ―なぜ2034年の南シナ海を舞台に設定したのか。

 着想した時点で、10年後には軍事力を向上させた中国が過信して南シナ海で領有権主張を強め、米中の衝突に発展する恐れが高いと分析して2034年に設定した。今年3月の出版に当たり、多くの米外交官や米軍高官らに読んでもらったところ「すばらしい小説だが一点だけ間違いがある。衝突は34年ではなく、ずっと早く起きるかもしれない」との声が多く寄せられた。

 ▽専制主義

 ―中国の最近の動きをどう見るか。

 中国は専制主義国家だ。ウイグル族の人権を侵害しているし、香港の一国二制度を維持するとした国際社会との約束も守っていない。荒唐無稽な領有権主張も繰り返している。巨大経済圏構想「一帯一路」で地政学的影響力を強め、台湾を取り戻し、南シナ海などを支配下に置き、ロシアやイランと連携を強化する戦略を持っている。

南シナ海を航行する中国海軍の空母=2018年4月(共同)

 ―米中の衝突を防ぐにはどうするべきか。

 米国として(1)軍事力整備(2)外交を通じた同盟強化(3)科学技術戦略(4)一貫した経済政策(5)価値観推進―からなる包括的な戦略を立てて、中国がさらなる冒険を犯すのを食い止める必要がある。将来的な中国との全面衝突は避けられると考えているが、そのためにはリスクの深刻さを認識して、しっかりとした戦略を持っておくことが重要だ。

 ―米軍が取り組むべき戦力整備とは。

 国防費を海軍力や宇宙、サイバー、無人機、極超音速兵器、ミサイル防衛などに投入し、中国に対する軍事的優位性を維持しなければならない。中国の国防費は増え続けているが、まだ米国の半分にも満たない。米国の問題は額ではなく、どの分野に使うかだ。中国抑止に有効な分野に配分するべきだ。

 ▽連携こそ強み

 ―同盟強化とは。

 小説で提起した問題の一つは、日本だけでなく欧州諸国や北大西洋条約機構(NATO)など同盟国と連携しなければ、米国は2034年に非常にまずい状況に置かれるということだ。中国に対し、米国が単独で立ち向かうような状況は避けなければならない。日米とオーストラリア、インドとの枠組み「クアッド」は非常に重要だ。韓国やシンガポールなどにも協力を拡大するべきだ。英国も空母をインド太平洋に派遣、フランスやドイツも航行の自由を守る動きを強めており、欧州やNATOにも外交を通じて連携を働き掛ける必要がある。

九州西方の海域で共同訓練する海上自衛隊の補給艦「はまな」(中央)、米駆逐艦「カーティス・ウィルバー」(左)、仏フリゲート艦「プレリアル」=2月(海上自衛隊提供)

 ―科学技術と経済ではどのような戦略を取るべきか。

 日米や欧州諸国のハイテク企業同士の競合を避け、一致して中国に対抗する必要がある。日本はこの先10年で、量子計算など最先端技術やサイバーの分野で世界のリーダーになる可能性を秘めている。日米欧で協力を深めるべきだ。経済面では関税なども活用して中国に自由貿易と市場への自由なアクセスを認めさせなければならない。米国は環太平洋連携協定(TPP)への加入も検討すべきだ。

 ―価値観を推進する意義は。

 民主主義や言論の自由、人種や性別を巡る平等を守る重要性を世界に訴えていかなければならない。民主主義国家で連携を強化していく必要がある。

 ―日本の役割は。

 経済大国である日米の連携は重要だ。自衛隊はイージス艦や潜水艦などすばらしい能力を持っている。地理的にも非常に重要な位置にあり、米海軍第7艦隊や米海兵隊に基地も提供してくれている。現役時代、第7艦隊の下で何度も勤務したので、自衛隊の練度の高さや後方支援能力のすばらしさ、日米の相互運用力の高さは良く知っている。日本やグアム、韓国、オーストラリアを拠点に米軍が展開できるのは米国の強みだ。

   ×   ×

 ジェームズ・スタブリデス氏 米海軍出身。空母打撃群の司令官などを経て06~09年に米南方軍司令官、09~13年に北大西洋条約機構(NATO)欧州連合軍の最高司令官を務めた。退役後は米タフツ大フレッチャー法律外交大学院の学校長に就き、地政学に関する著作もある戦略家として知られる。「2034」を元海兵隊員のエリオット・アッカーマン氏と共同執筆し今年3月に発売。日本語訳版は9月に出版予定。

© 一般社団法人共同通信社