なぜ福島県は韓国に抗議しなかったのか|渡辺康平 「原発事故と福島」は情報戦である。「正しい情報を発信すればわかってくれる」という相手の善意を基本とした風評対策では、中国や韓国の悪意あるプロパガンダには太刀打ちできない。国と県が連携して、相手国内において積極的なロビー活動やPR活動を展開すべきである。

悪質な風評をまき散らした韓国

中国発の新型コロナウイルスの影響で、1年の延期を経て開催された東京2020オリンピックは、8月8日の午後8時に閉会式が行われ、17日間にわたる大会が幕を下ろした。

当初から今回のオリンピックは東日本大震災からの「復興五輪」として位置づけられ、東北の被災地がどのように復興したのか世界中にPRする大会であった。特に福島県は東京電力福島第一原子力発電所の事故によって、世界中に「原発事故のFUKUSHIMA」として報道されたことから、福島県の復興と福島県の“いま”を発信する重要なオリンピックだった。

だが原発事故以降、現在進行形で日本の農林水産物の輸入規制を行う韓国は、あろうことか復興五輪の会場で悪質な風評をまき散らしたのである。これまで韓国のオリンピック関係者や韓国メディアによる行いについては、多くのジャーナリストや評論家が触れてきた。本稿ではもう一度韓国側の言動を振り返るとともに、日本政府や政治が韓国に対してどのように対応してきたのか検証していきたい。特に被害者であり当事者である福島県が、韓国に対してどのように対応したのか福島県議会議員の立場で明らかにしたいと思う。

そして、最後に原発事故による風評対策として、中国や韓国さらに台湾と今後どのように渡り歩いていくのか提言していきたい。

放射能フリーのお弁当

韓国のオリンピック委員会に当たる大韓体育会が、オリンピックの選手村で使われる福島県産などの食材を食べないよう、韓国選手団を指導していることが判明したのは、7月17日の読売新聞による独自ニュースであった。

選手村近くのホテルを借りて韓国独自の給食支援センターを開設し、韓国から派遣された調理師や栄養士が弁当を作り会場に届けるという内容である。読売新聞の取材によると大韓体育会の担当者は取材に対して「放射能汚染の危険性を考慮し、食事をする場合は(福島産などを)接種しないよう注意喚起をしている」と語った。

さらに7月19日のロイターの報道では韓国代表団は東京オリンピックの期間中、食材の放射能汚染がないかどうか調べるために、韓国が独自に食材のスクリーニングを行うことが分かった。

韓国公共放送のKBSテレビは「放射能フリーのお弁当」を提供できると伝え、給食支援センタースタッフが日本産の果物に放射線測定器をかざしている映像を報じている。福島県民にとって震災と原発事故から10年が経過した今日に、まさか食品の放射線検査が行われるとは、夢にも思わなかった。

「やってはいけない」検査方法

しかも、韓国の関係者は空間線量計を食品にあてて計測するという「やってはいけない」検査方法を堂々と披露していたことも、想像以上だ。

韓国のスクリーニングとは空間線量計を食品にあてて計測するという検査手法であるが、この手法では食品の放射線量を正しく計測することはできない。

食品の放射線検査とは食品を裁断してヨウ化ナトリウムシンチレーションカウンターなど専用の機材で検査を行う。この検査について福島県では原発事故以降、県内の農産物は出荷に向けて放射性物質の調査を行ってきた。

もし、空間線量計で計測できるほど野菜や果樹から放射線が放出されていれば、非常に強い放射線量を出していることになる。はっきりいって失笑ものであった。

福島県のGAP

また、福島県では原発事故以降、さらなる安全確保のための取り組みとして、GAPの普及に取り組んでいる。GAPとは、Good(良い) Agricultural(農業の) Practice(行い) の略語で、農業生産工程管理と訳される。食の安全性を確保するため「福島県GAP推進基本方針」において、放射性物質を最も優先すべき危害要因とし、県産農産物の一層の安全性の確保による産地の信頼性の向上とイメージアップをGAPの普及によって図っている。

分かりやすく言えば、「農作物由来の食中毒事故を起こさない」「異物を混入させない」「肥料による地下水汚染などを起こさない」などを実現するための取り組みがGAPということだ。さらに、ほ場空間線量、土壌のセシウム濃度の把握などの放射性物質の点検項目を追記した福島県独自の「FGAP」を推進している。

東京オリンピックの選手村では、福島県を始めとした被災地におけるGAPを取得した食材が活用され、選手の皆さんに提供された。

韓国のオリンピック関係者が食品の放射線検査の仕方もわからず、福島県産を含む日本の農林水産物にクレームをつける彼らの姿は、はっきり言って無知故の所業である。

放射能問題は日本の弱点とみる韓国

韓国のVANKが在韓日本大使館建設予定地に貼り付けた「放射線防護服の聖火ランナー」

韓国側の検査手法については無知による所業だが、「原発事故と福島」という題材を持ち出して日本を叩くという韓国側の行為は「誤解や無知」ではなく、「悪質かつ意図的」に行われてきた。

振り返ると、2019年9月に文在寅大統領の与党「共に民主党」は福島県から同心円状に放射能汚染が広がる「放射能汚染地図」を公表した。また翌年にはVANKという反日団体がソウルの在韓日本大使館建設予定地に「放射線防護服の聖火ランナー」のポスターを張り付けている。

オリンピックが開催される前から東京オリンピックに関しては、韓国発の不愉快な出来事が繰り返されてきたが、その頂点ともいうべき事件が、今回の給食センター設置といわゆる「放射能フリーのお弁当」であった。

FNNソウル支局長の渡邊康弘氏によれば、韓国では「日本の放射能問題を世界に知らせる効果がある」と分析。「放射能問題は日本の弱点」との観点から、韓国は官民挙げて日本を責め立てる際にこの問題を利用してきた。

中国の作家魯迅の言葉で「水に落ちた犬は叩け」ということわざがある。凶暴な犬が水に落ちたなら手を緩めずに追撃せよという意味だ。韓国にとって日本が凶暴な犬であれば、原発事故の被災地である福島県は「日本の弱み」と彼の国は見たのだろう。

またメダリストに贈られるブーケに福島県産のトルコギキョウとナルコランなど東日本大震災の被災地で育てられた花が使用されたことに対して、韓国メディアが、「メダルを取れば福島産花束。放射能汚染不安感」「放射能汚染の危険がある」と書き立てた。

このような韓国側の官民を挙げた日本蔑視は、これまでも竹島、慰安婦、応募工、日章旗など様々な政治課題で行われている。そのテーマの一つとして「原発事故」が含まれたのである。

与野党を超えて対応を求める

韓国による一連の行為について、自民党では参議院議員の佐藤正久議員(福島市出身)が7月20日の外交部会において、オリパラ選手村での韓国関係者による福島産食材の忌避と独自に調理した弁当の持ち込み可否について政府には毅然とした対応を強く求めている。

加藤勝信官房長官は7月29日の記者会見で「東京大会における飲食提供については復興五輪の趣旨にのっとり、被災地の食材の活用などを通じて復興五輪の推進を図っている」と述べ、風評被害の払拭に努める考えを示した。

その後、日本政府が7月下旬に韓国外務省に対し、福島産食材は安全が確保されており誤解を招くとして行動の改善を選手団に促すよう求めたことを政府関係者が8月2日に明らかにした。また、メダリストに渡すブーケに福島産の花を使っていることへの韓国メディアの批判的な報道にも懸念を伝えたという。

また自民党福島県議員会の渡辺義信幹事長は8月3日に平沢勝栄復興大臣に対して、「韓国側の一連の行為は福島県民のこれまでの努力を蔑ろにし、虚偽の情報によって風評被害を助長させる」ものとして、毅然たる態度で風評払拭に臨むよう要望している。

その後復興庁は8月5日福島県産食材のおいしさと安全性を国内外に発信するため、東京五輪選手村の2カ所の食堂にPRポスターを掲示した。

今回の韓国問題については野党側からも怒りの声があがり、与野党を超えて日本政府に対して毅然とした対応を求めていることから、大変注目度が高い政治課題であった。

内堀雅雄福島県知事の間違い

しかし、大変残念ながら被害者であり当事者である“福島県”から、韓国に対する抗議の声は最後まで出ることはなかった。

内堀雅雄福島県知事は7月19日の記者会見で「事実を把握してもらっていないと改めて実感した」「誤解、偏見をただし正しい情報を認識してもらうのが風評払拭の本質」と記者の質問に話している。

内堀知事は韓国が「事実を把握せず、誤解している」と認識しているが、それは違う。韓国が事実を把握している論拠として、これまで在京大使館への情報提供の強化として、駐日大使館職員向けの発電所視察が度々行われてきた。平成28年には李俊揆駐日韓国大使が東京電力福島第一原発を視察している。

韓国大使館だけではなく韓国メディアも福島県内の取材を行っている。例として平成31年には福島県の海産魚介類の安全性を確認するため小名浜港を取材している。

韓国は「放射能問題は日本の弱点」との観点から、官民挙げて日本叩きに利用している。対日批判の道具として福島県を利用する韓国に対して「正しい情報」を発信するだけでは、相手の行為を止めることはできない。

今回の東京オリンピックにおける韓国側の一連の行為について、福島県として対応したのはこの記者会見で記者からの質問に答えたのみであった。オリンピック期間中に福島県から国やオリンピック組織委員会に対して、韓国対策のための要望や協議をしたということは一切確認できていない。

内堀知事は福島県を代表して「韓国の行為に強く抗議する」という声明を出すべきであった。

「暗黙の了解」

今回の一連の事件については、韓国側の横暴を非難するだけではなく、原発事故の風評対策として福島県の姿勢や認識が問われた事件でもあった。

風評被害をまき散らす風評加害者に抗議をしない福島県の姿勢については今日始まったことではない。私は令和2年2月福島県議会にて当時騒ぎを読んだ「日本放射能汚染地図」「放射線防護服の聖火ランナー」を取り上げ、内堀知事の考えを質問した。その時の答弁では内堀知事は「非常に残念」と発言するが「国と連携しながら情報発信に取り組む」として、県としての抗議の意思や県民の強い怒りを代弁することはなかった。

韓国や中国など諸外国が本県の風評被害を拡散するプロパガンダを行っても、外交問題は国の専権事項であるため、国が取り組むべきというのが福島県の認識である。

また東京電力福島第一原発における事故は国と東電の責任であり、被害を受けた福島県側が主体的に行動するべきではないという「暗黙の了解」がある。

風評対策はこのままでいいのか

最後にこれからの風評・風化対策について述べていきたい。

現在、福島県産食品の輸入規制をしている国・地域として広い品目で規制しているのが、台湾・中国・香港・マカオ、一部を輸入停止している国がアメリカ・韓国である。

これまで福島県の風評・風化対策については、平成28年度から令和2年度まで、ソフト・ハード合わせて611億円以上の予算が執行されている。これらはハードでは大規模施設や復興公園などの建設と整備、ソフトではテレビ広告やポスターなどに使われてきた。

従来の風評・風化対策についてその効果を検証する必要性は当然のことであるが、実は中国や韓国などの諸外国で風評払拭のロビー活動やPR活動を行う予算は県にはなかった。

韓国が原発事故は日本の弱点との観点から、日本の放射能問題を世界に知らせる効果があると認識しているように、中国も同様の認識で日本叩きの道具としている。

最近では今年4月に中国外務省は東京電力福島第一原発の処理水海洋放出に「極めて無責任」と非難してきたばかりだ。

既に「原発事故と福島」は情報戦である。「正しい情報を発信すればわかってくれる」という相手の善意を基本とした風評対策では、中国や韓国の悪意あるプロパガンダには太刀打ちできない。国と県が連携して、相手国内において積極的なロビー活動やPR活動を展開すべきである。

そして、台湾については特に力を入れる必要がある。台湾では平成30年に福島県など日本の5県産食品の禁輸継続について賛否を問う国民投票があり、賛成多数で「禁輸継続」となった。投票から2年間は投票結果と異なる政策を実施してはならないと定められていたため、台湾は今でも5県産食品の禁輸が継続している。

輸入解禁を強く求めてきた。民進党の蔡英文政権は解禁に前向きだったが、野党・国民党が食品問題に敏感な市民の不安をあおり、国民投票を請求した。

国民投票の2年間の縛りは終了している。台湾における世論の理解増進のために、積極的なPR活動が必要であることは言うまでもない。

今こそ福島県が主体的に行動すべき時期に来ている。

渡辺康平

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