〝涙からの満開笑顔〟秘話激白! 五輪体操銅メダル・村上茉愛コロナ自粛中の苦悩

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村上は本紙8月4日付紙面を手にニッコリ

苦悩の末に笑顔がはじけた。東京五輪の体操女子種目別床運動で銅メダルを獲得した村上茉愛(25=日体クラブ)が本紙の独占インタビューに応じた。日本女子で個人初となる表彰台では“茉愛スマイル”を見せたが、この1年あまりは涙の連続。快挙達成に至るまでの過酷な日々や、今だからこそ話せる秘話、気になる今後の競技人生などについて激白した。

――東京五輪で最後の床の演技は完璧だった

村上 もうあれ以上の演技は無理ですね。テレビの録画を忘れたので人から送ってもらった動画を見返したのですが、自分じゃないみたいでした。この人、カッコいいって思って(笑い)。それくらい仕上がっていて、あれに勝る演技は今後あるのかなって思うくらい。今までで一番の演技が五輪で出せたことで、より感動しましたね。

――表彰式では最高の笑顔

村上(本紙紙面を見ながら)この時はテンションがかなり上がっていました。写真を見て思ったのですが、自分で言うのもおこがましいですが、めっちゃいい表情してませんか(笑い)。うん、本当にいい顔! ここ1年は本当につらくて、ずっと泣いてばかりだったので…。

――一番きつかった時期は

村上 2019年に(腰の)ケガをして、ようやく気持ちが上がったのにコロナ禍になった去年の3月くらいかな。五輪が延期して、次の年も開催するか分からない状況。気持ちを高ぶらせたいけど、そうすると空回りして逆にストレスになる。本当に何回も体操をやめようと思いました。自粛中は廃人のような生活でした。ずっとスマホを見ていて、走りに行っても5分でやめたり。あのころの私、完全に荒れていました。

――メディアの前では前向きだった

村上 取材の時だけですよ。自分に言い聞かせるように「五輪に向けて」とか言っていましたが、本当は何をしてもイライラし、何を言われても否定的な言葉しか出てこなかった。だから、あのころの発言はいろいろ矛盾していたと思います。それって本当に私が思っていること?って疑うくらい。たぶん、覚悟が決まってなかったんでしょう。頑張って無理していたんです。

――今だから話せることは

村上 うーん、記憶がないんですよね。嫌な記憶なので無意識に消していたのか。あ、自粛中に2キロも太りました(笑い)。ストレスもあって、とりあえず好きなもの食べていました。お菓子も食事もストップをかけずにたくさん。欲に勝てなかったですね。それで体重計に乗って数字を見た時に「これはさすがにまずい」って思いました。

――数値を聞いてもいいですか

村上 48キロって公表しているので大丈夫ですよ。そのプラス2キロなので50キロくらい。現役選手とは思えない体重(笑い)。

――そんな苦難を乗り越えての快挙だ

村上「諦めなければ夢はかなう」って言葉、ホントに?って言う人もいますが、私の中では証明できたと思います。実家にはいまだにたくさんの花束が届き、毎日のように祝福され、わざわざ母が経営する美容院に来て「おめでとう」って言ってくださる方もいます。つらかった状態から急にこうなったので、母と2人で「こんな幸せでいいのかね?」って言い合っています。

――一時は東京五輪で引退と決めていた

村上 コロナの前はそんな気持ちでしたが、昨年末に世界選手権の国内開催(10月18日開幕、福岡・北九州)が決まったこともあり、五輪が終わってから(世界選手権に)出ると決めました。五輪は無観客だったので、母や応援してくれた方に会場で見てもらえなかった。だから私の最後の演技を(福岡の)会場で見てほしいっていうのが一番。五輪は自分の目標をかなえるためにやりましたが、世界選手権では人のために体操をしてみようと思います。

――その世界選手権がラスト演技か

村上 うーん、終わった後の自分の気持ちはまだ分からなくて…。その時にまた考えます!

☆むらかみ・まい 1996年8月5日生まれ。神奈川県出身。4歳の時にバルセロナ五輪銀メダル池谷幸雄氏の体操教室に入門。小学6年で床運動のH難度のシリバス(後方抱え込み2回宙返り2回ひねり)を成功させる。日体大に進学後、2016年リオ五輪で団体4位、17年世界選手権の種目別床運動で金メダル。18年世界選手権で個人総合銀メダル。19年5月のNHK杯で腰を痛めて同年の世界選手権代表から外れる。床で華麗にはずむ姿から愛称は「ゴムまり娘」。148センチ。