チューリヒ「芸術の神殿」世紀のリニューアルオープン

トーンハレ&コングレスハウス【世界から】

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新しいオルガンが見えるトーンハレ内部

 スイス・チューリヒ湖に面し、アルプスが一望できる一等地に建つコンサートホール「トーンハレ」。ヨハネス・ブラームスが指揮した1895年のこけら落としから120年余がたち、4年がかりの大幅な改築を終えて6月19日、初めてメディアに披露された。

 「湖に面して作られた階段は、世界に向けて開かれている心を表しています。世界中からのお客様を、もちろん日本の皆さまも、私たちのリビングルームにお招きして、一緒に超一流の音楽を楽しむ準備ができました」。チューリヒ市のコリン・マウホ市長は胸を張った。

 9月15日にオープンする〝新生〟トーンハレを紹介しよう。(チューリヒ在住ジャーナリスト、共同通信特約=中東生)

チューリヒ市のコリン・マウホ市長

 ▽音楽都市として

 トーンハレの前身は、現在のオペラハウス前広場にあったコルンハウスという建物の中に1867年に建設されたコンサートホール。翌68年創設の「トーンハレ管弦楽団」本拠地として、95年にチューリヒ湖畔に建設され、オルガンが運び込まれた。

 建築を担ったウィーンの「Fellner&Helmer」は、その4年前の91年、チューリヒ湖の東に「チューリヒ歌劇場」を建てており、北側に「トーンハレ」が建つことで、チューリヒは音楽都市としても発展していくことを欧州に宣言したのである。こけら落としでブラームスは、自作の「勝利の歌」を指揮した。

 ▽コーティングを取ると…

 今回の改築の一つ目のポイントは美しい色合いを取り戻したことだ。

 1939年のスイス博覧会の際、モダンな造りのコンベンションセンター「コングレスハウス」が増築された。トーンハレは〝古風〟な部分が壊され、内部も当時の風潮に合わせ、桃色の大理石や金箔(きんぱく)部分が灰色にコーティングされたのだが、今回の改装でそれが丁寧に取り除かれ、オリジナルの美しい色合いが戻った。

 

 中にいるだけで気分が高揚する美しさは、完成当時にうたわれた「皆に開かれた芸術の神殿」という形容が決して誇張ではないと感じさせてくれる。

 ▽そして未来へ

 改築のもう一つのポイントは、湖を見渡せる形に戻ったことだ。85年の改装で湖が眺められるラウンジが造られた結果、湖との間に壁ができてしまっていた。

トーンハレ1階から見える湖側の景色

 今回の改築では、広々としたテラスから湖側への階段が設けられた。その階段を上って左へ行くと、シンポジウムやロックコンサートの行われる「コングレスハウス」へ、右に行くとクラシックコンサートの「トーンハレ」へと分かれていく。山々や湖といった自然と文化や芸術の間の垣根も、ロックやクラシックなど異種音楽間の垣根も取り払った開放感が漂う。

コングレスハウス

 そして未来に向けた視点も一歩進んだ。このスイス最大のコングレスハウスは最新鋭の技術を駆使し、イベント後にCO2を残さないシステムを初めて備えたのだ。

 一般市民には9月5、6日に1人10スイス・フラン(約1200円)でトーンハレ&コングレスハウスを体験できるツアーが企画されているが、申し込みが殺到し、催行人数を増やすことが検討されている。コロナ禍の鬱々(うつうつ)とした気分を吹き飛ばすビッグニュースとして歓迎されているのだろう。

テラスから見える景色

 ▽スイス内での競り合い

 チューリヒ市民の熱い視線には、〝ライバル〟都市の存在も影響しているようだ。

 ルツェルンでは、駅の隣という好立地で、やはり湖に面した「ルツェルン・カルチャー・コングレスセンター」が98年に完成。以来、音楽会や大規模イベントの開催会場として、チューリヒはルツェルンに押され気味だ。

 また、トーンハレ改築工事完了が、コロナ禍も理由に2回延期され計1年遅れている間に、バーゼルにはカジノホールが昨年8月、リニューアルオープンした。ぜいたくなロビー部分が増築され、天井からつり下がる豪華なシャンデリアを見上げられる吹き抜け式。最上階まで行くと、そのシャンデリアを囲むように配されたソファに座れる粋な計らいに胸が躍る。曲線の美しさやオペラハウスの緞帳(どんちょう)を思わせる色の階段への評価も高い。クロークや化粧室といった空間もゴージャスで、トーンハレはかないそうにない。

 しかし、コンサートホール内はやはりトーンハレの方が格段上なのだ。そんな事情からも、「新装オープンでチューリヒのステータス向上なるか」との期待が高まっているのだろう。

トーンハレ内部から見たテラス

 ▽新しいトーンハレ管弦楽団のスタート

 トーンハレの音響は、新築当時から欧州じゅうで評判だった。それが今回の改築で一層向上した。「想像以上の出来で夢のようだ」。パーヴォ・ヤルヴィ音楽監督は、7月5日に行われた次期プログラム発表の記者会見で熱く語った。雑音を消す効果も高く、本来の音響の良さがより生かされるという。

 9月15日には、1895年の新築時代に生まれたマーラーの「交響曲第3番」でこけら落としされる。9月23日にはこのホールのためにつくられたオルガンも演奏会デビューを飾るほか、チューリヒ映画祭期間には、例年以上のコラボが計画されているという。

パーヴォ・ヤルヴィ音楽監督(左)とイローナ・シュミール総裁

 トーンハレ管弦楽団のイローナ・シュミール総裁は「トーンハレを出会いの場にしたい」と話す。アーティストと聴衆との出会いや、初めてコンサートに来る聴衆と常連との出会い。それらを実現するため、毎終演後にロビーで、アーティストを囲んで過ごせる機会をつくるという。

 改築中4年間の仮住まいでは演奏できなかった、オルガン付きの曲や「マーラー3番」のような大編成の曲なども、再びプログラムに入れられるようになる。「夢のような音響」を再び手にしたこのオーケストラがどのような成長を遂げるのか、楽しみだ。