「このまま行くしかないか」花田十輝さんが至った境地

アニメ脚本家の実像に迫る(後編)

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 日本が世界に誇るアニメ制作の現場で、多くの話題作を手掛ける脚本家の花田十輝(じゅっき)。デビューから30年、第一線で活躍を続けながら、ほとんど取材を受けないこの人物の実像に迫ったインタビュー。前編https://www.47news.jp/47reporters/6734173.html)に続き、後編をお届けする。その言葉は第一線で執筆を続ける醍醐味(だいごみ)を巡って深みを増していく。(共同通信=川村敦、敬称略)

花田十輝が脚本を担当した映画「劇場版 響け!ユーフォニアム~北宇治高校吹奏楽部へようこそ~」のブルーレイジャケット

 ▽特殊で不思議な仕事

 ―アニメの脚本執筆のやりがいは何でしょう。

 今日は「日常」を書いて、明日「ノーゲーム・ノーライフ」を書いて、あさっては「やがて君になる」を書くことができるところ。ゲームについてそんなに詳しくなくても、ギャグが得意じゃなくても、仕事として書けるのはすごく楽しいです。どんなに天才的な作家さん、クリエイターさんでも、どうしても自分のできる作品の範囲が限られますよね。でもシナリオライターは少女漫画でも異世界転生でもあらゆるジャンルを体験できる。それはいくら続けても新鮮さが失われず、新たな発見があります。ただ、その代償として、普通の作家のように自分だけの作品は決して作れない。作家や画家、デザイナーが自分の手で作品を完成させて、発表という形で他人に見せることができるのに対して、アニメのシナリオライターは、たとえオリジナルの作品でも自分の手で作品を完成させることは決してできません。言ってしまえば、どんな人間、どんな姿にもなれるんだけど、本当の自分は絶対鏡に映らない呪いをかけられているようなものです。だから創作の仕事を目指す人にとっては自己承認をどうするかが結構なネックになると思います。シナリオだけでは決して作品は完成しませんし、それどころか書いたシナリオを実際に目にするのは制作スタッフだけなのですから。そういう意味では、かなり特殊で不思議な仕事ですね。

 ▽長所と短所が同じポイント

 ―作品同士の相乗効果もありますか。

 ありますね。こういうやり方あるねとか、特にジャンルが違う作品を二つ書いていると、こんな言い方があるとか、こんな展開もあるんだと、もう片方のシナリオに輸入してみたりすると相乗効果になったりします。

 ―原作がある作品の脚本執筆の面白さはどこにあると思いますか。

 原作を読んでいる時に比べて、書いている時の方が格段に、原作者さんの創作の苦労がにじんでくるんです。何でこの台詞(せりふ)なんだろうとか、読んでるだけだと分からないことが、シナリオにして自分が書いてみると、なるほどね、だからここでこうしたのかと、手に取るように分かる瞬間がある。見ている人を楽しませようと、作者が一生懸命になっている。その努力の痕跡を追体験できるのはすごく魅力的です。

 ―オリジナル作品の場合はどうでしょうか。

 やはり状況に応じて自由に変えられるところですよね。このキャラクターだったらここでどういう行動を取るだろうとか、どうしても面白く感じないので、ここまで破棄して全く違うものを書き直してみようとか。それをスタッフと一から考えるのは大変だけどやはり楽しいです。

 ―自分の作風はどのようなものだと思いますか。

 先ほどお話したように、自分の作風が確立しないのがこの仕事だと思っているので、あまり考えたことはありません。ただ僕のシナリオはオリジナルでも原作ものでも必ず読んだ時に「花田十輝」って、はんこが押してある。名前を見なくても僕のシナリオだと分かると言われることは多いです。スタッフでも視聴者の方でも、僕のシナリオに好意的な人は大抵そこを長所に挙げます。逆に僕のシナリオを苦手とする人は大抵そこを短所に挙げます。つまり長所と短所が同じポイントなんですよ。若い頃はそれで随分悩みもしましたが、年とともに、ここまで来たらこのまま行くしかないかと思うようになりました。ただ厳密にアニメのシナリオライターの仕事として考えると、良くないと思ってます。他の姿にならなきゃいけないのに、自分の一部が残ってしまっているわけですから。

 ▽うまい具合に裏をかく

 ―この仕事をするに当たって、おじいさん(前衛作家の花田清輝)の影響は感じますか。

 それはないです。母が結構なお金持ちの家の人で、子供の頃からちょっと俗世間と離れた人とたくさん会っていたこともあって、祖父を特別に思ったり意識したりすることは全然なかったんですよ。ただ父親(理学者の花田黎門)にシナリオライターになると伝えた時は「やっぱりうちの家系は、父親と逆に行きたがるんだね。うちの伝統だね」と言われました。無意識にそうなってしまうのかなあと思いましたね。

花田十輝の祖父の前衛作家花田清輝

 ―自分がおじいさんと似ていると思うことは?

 性格はちょっと分かります。とにかく意地悪。ストレートに愛情表現ができず、子供の僕にすら、かわいいが故に意地悪をするような人でしたね。幼稚園児の僕に「なんて柔らかくておいしそうな耳だ。さあ鍋を用意して、これから食べちゃおう」と言って、僕が泣くのを見て喜んでいた顔は今でも覚えています。でも意地悪な部分は僕にもあって、うまい具合に視聴者の裏をかくことにつながる時がありますね。「宇宙よりも遠い場所」の最後のメールの場面なんかは、ストーリーを考える時に良かった良かったで終わらせたくないというキャラクターや視聴者に対する意地悪心がどこかにあったおかげで生まれたような気もします。やり過ぎると視聴者に嫌がられてしまいますので気を付けていますが。

花田十輝が脚本とシリーズ構成を手掛けた「宇宙よりも遠い場所」のDVDボックス

 ▽他にやれることがないという素質

 ―アニメは芸術だと思われますか。

 全く思わないです。そういうのはない方がいいと思って書いています。そこを意識すると、どうしても褒められたい、認められたいという思いがにじむ気がするんです。制作者の中にも深夜アニメの娯楽作品を毛嫌いするような人もいて、そういう方の作品を見ると「芸術って褒めてほしい」が作品全体からにじんでしまっている。花田清輝の孫で良かったなと思うのは、その手のものに対してコンプレックスを抱いたり、気後れしたりしないところでしょうか。自分としては世界的に評価されている芸術的アニメも、終わった瞬間に内容を忘れちゃうような娯楽アニメも等しい一作品、作る苦労は一緒、あるのは好きか嫌いか、それだけだと思ってます。そのことを理解してない人が芸術ってラベルをアニメに貼りたがるんですよ。

 ―アニメの脚本家になるために必要な素質とは何でしょうか。

 続けてきて思うのは才能とか文才ではなくて、人間性の問題のような気がしています。なるだけなら誰でもなれると思いますよ。ただ「もっと面白くしたい」に気持ち悪いくらいに執着できる人、その苦労を楽しめる人でないと続かない。あとシナリオライターは基本的にフリーランスですし、依頼が来ないと仕事にならない不安定な職業。しかも作家みたいに他の仕事を続けながら投稿みたいなこともできないので、運良く、いや運悪く?シナリオを書く以外にやれることがないんですって人じゃないと、他で才能を生かした安定した仕事を見つけて、みんな辞めちゃうんですよ。なのでシナリオを書く以外にやれることがないという素質は必要かもしれません。自分の周りのシナリオライターを見ても、そんな人ばっかりです。なんて言うと同業者に怒られるか(笑)

花田十輝さんインタビュー(前編)はこちらhttps://www.47news.jp/47reporters/6734173.html)。