【インドネシア全34州の旅】#35 中部カリマンタン州 森の中で見る野生のオランウータン

文と写真・鍋山俊雄

自然の豊かさがまだまだ残るインドネシアには、象や虎、サイなどの野生動物が生息する。その中で、世界一の個体数を誇る野生動物は?と言ったら何が思い浮かぶだろうか。それは「森の人」ことオランウータンである。

野生のオランウータンは、スマトラ島北部とカリマンタン島中部の保護区内を中心に生息している。この保護区を巡るボートツアーが多く出ている。ボートで熱帯雨林の中の川を進み、岸に上陸して野生のオランウータンを見学する。寝泊まりはボートの中、というツアーだ。

数多くあるツアーの中で、中部カリマンタン州タンジュンプティン国立公園を巡るオープントリップ(2泊3日)に参加した。集合場所は同州のパンカランブン(Pangkalanbun)空港。ジャカルタからは約1時間半のフライトだ。そこから車でクマイ(Kumai)まで移動し、多くのハウスボートが並ぶジェティからボートに乗り込む。

今回はガイド1人、参加者8人。参加者の多くは20代後半から30代のインドネシア人カップルや女子旅メンバー。外国人は私一人だったが、皆、旅好きで、すぐに打ち解けた。

船は出発後しばらくは、穏やかなクマイ川を進む。クマイの街は小さく、川岸には窓のないコンクリートの建物が目立つ。これはツバメの巣を取得するための養殖棟だ。中華系インドネシア人が副業がてらやっていることが多い。インドネシアのあちこちにあるが、ここカリマンタンには多かった。

しばらくすると、出迎えるオランウータンのオブジェがあり、そこから支流のセコニェル川(Sungai Sekonyer)に入り、さらに奥へと進んでいく。

本物のジャングルクルーズ

川岸に広がる熱帯雨林の森を眺めていると、テングザルの姿を見かけるようになる。彼らは群れで、木の上でじっとしている。時々、川に入って泳いでいるものもいる。

テングザルが増え始めた

川幅は徐々に狭くなる。キャンプ・リーキー(Camp Leakey)に到着すると、周辺には多くのツアーボートが停泊していた。ここはオランウータンの保護地で、リハビリテーション施設がある。いくつかの餌付け場所が設定してあり、決まった時間にバナナやミルクなどを提供する。以前に施設でリハビリを受けたオランウータンのほか、野生のオランウータンもやって来る。ただし、この餌付けはあくまで補完的な役割で、森の中での食べ物に不足がなければ、オランウータンは現れないそうだ。

最初の餌付け場所に到達すると、そこには一段高くなった舞台(高さ1.5〜2メートルぐらい)が作られている。見学場所は、そこから10メートルほど離れた所にあり、オランウータンが来ても近付くことはできない。

餌を置いてしばらくしても、オランウータンは現れない。ガイドたち何人かが、独特の呼び声でオランウータンを呼び始めた。呼び声が、しんと静まり返る森の中に響き渡る。それから15分ほども待ったが、結局、オランウータンは現れなかった。

このツアー中に餌付け場所3カ所に行く予定なのだが、果たしてオランウータンを見ることはできるのだろうか。

素晴らしい夕暮れを眺めながら、徐々に漆黒の闇に包まれる川の上で、1日目の夜を迎えた。ボートを川岸に横付けして夕食を取った後、懐中電灯を手に、近くの森の中を30分ほど歩く探検ツアーがあった。見上げれば星空。森の中では熱帯の昆虫などを観察した。

夕暮れの迫る川

ツアーの参加者は男性2人、女性6人だ。私を含む男性2人は、乗っていたボート上にマットレスを敷き、蚊帳を吊って寝た。女性には空の船がもう一隻準備されており、その上にマットレスと蚊帳を並べて寝ることになった。

ボートに泊まる夜

ボートの上で寝ているので、日の出とともに目が覚める。川面に空が映り込み、川上での目覚めはとても気持ち良かった。

ボートで迎えた朝

朝食後、オランウータンの餌付け場所に向かう。ガイドによると、オランウータンは地面を歩くこともあるが、基本的には木から木へと伝ってやって来る。静かにして待っているように、とのこと。

静寂の中、枝と枝の触れ合う音が遠くから聞こえて来た。メスのオランウータンが子供を抱えて木の上の方からするする降りて来る。餌の置いてある台に上がり、子供と一緒に、バナナにおいしそうにかぶりつき、ミルクを手ですくって飲み始めた。母親に抱えられた子供は、大きな目で珍しそうに観客をちらちら見ている。

しばらく食べた後、家に持って帰るのか、いくつかのバナナを抱えて器用に、先ほど降りて来た木にさっと登り始めた。5メートルぐらい登った所で止まり、バランスを取りながら、こちらを眺めている。そこでまたバナナを少しかじり、あっという間に、また、森の中に消えて行った。

次に、がさがさと木から降りて来たオランウータンは、観客の横をするすると通り抜け、台に上って食べ始めた。ここは彼らのすみかで、人間たちは見学させていただく立場だ、ということがわかっているのか、人間を過度に警戒したり意識しているようには見えない。

その後、森の中を歩いていたら、時々、オランウータンを見かけた。かなり高い木の上にいたり、ふと目の前の茂みにいたりする。まさに彼らは「森の住人」であることを実感できる。

午後に行った餌付け場所は背の高い木々に囲まれた場所にあった。オランウータンはその高い木から現れた。ここでは、オランウータンの木を伝っての移動を見ることができた。

少なくとも10メートル以上はあろうかという高い木の先端まで登り詰める。隣の木までは少なくとも2、3メートルは離れており、そのままでは手は届かない。そこで、体を使って木を揺らし始める。たわんだ木の先端につかまったまま、手を伸ばし、隣の木の先端をつかもうとしている。

大人の彼らの体重は、少なくとも人間の成人より重そうで、落ちたら大けがしそうだ。しかし、森の住人である彼らは、木の性質を知り尽くしているのであろう。見事に、たわんだ木をつかみながら、反対の手を伸ばして隣の木の先端をつかみ、スイスイと移って行く。それを繰り返しながら、森の奥に消えていった。

この国立公園には、もう一つの見所がある。「ホタルの木」だ。夜になるとホタルが集まり、闇の中に、天然のイルミネーションのように浮かび上がるそうだ。

夕方、小雨が降ってきたが、その場所に行くと、何本かの木がぼんやりと光っていた。ボートを横付けし、電気を消してみると、数十匹はいるようだ。ガイドの話では、これはまだ少なく、多い時はもっと素晴らしいそうだ。

夜のホタル

翌朝は、元来たルートを戻り、空港で解散。仲良くなった友人たちと別れ、ジャカルタに戻った。

オランウータンは森林面積が年々減少していることもあり、絶滅の危機に瀕している。タンジュンプティンに生息するのは6000頭ぐらいだそうだ。

最近では、動物園でも、自然の環境を再現した形式のものが増えているが、「森の住人」の生態を再現するのは非常に難しい。野生のオランウータンの保護区は、インドネシア在住中に訪れておくべきスポットの一つだろう。子供たちにも是非、体験させてあげたい場所の一つだと思う。

© +62