ノムさんも認めた「名スコアラー」しのぶ会 イチローや福本さんも献花

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祭壇に飾られた金田さんの遺影(峰山高野球部OB会提供)

 京都府京丹後市峰山町出身の元プロ野球阪急(現オリックス)投手で、阪急のスコアラーやオリックスの管理部長を務め、昨年3月に74歳で亡くなった金田義倫さんをしのぶ会が同市峰山町で催された。峰山高野球部の関係者や住民ら約130人が集い、峰高野球部OBたちが「京丹後の高校球児たちを応援し続けた金田さんの遺志を受け継ぐ」と誓い合った。

 金田さんは峰高のエースとして、1962年夏の全国高校野球京都大会の準優勝に貢献した。阪急に投手として入団したが、1軍での登板はなく、球団のスコアラーに転向した。その後、管理部長など球団幹部として球団経営と選手の育成に貢献した。また、96年にオープンした峰山球場(現京丹後夢球場)へのプロ野球ウエスタン・リーグ公式戦の誘致に尽力した。

 しのぶ会は、偲(しの)ぶ会発起人会と峰高野球部OB会が7日に主催した。祭壇には、金田さんの遺影のほか、峰高野球部で金田さんの10期先輩で、プロ野球南海(現ソフトバンク)で戦後初の三冠王を獲得した野村克也さん(昨年2月死去)が若き日に帰郷した際、一緒に撮影した写真パネルも飾られた。

 「サブマリン」の異名を取った元阪急投手の山田久志さん、「盗塁王」で知られる元阪急の福本豊さん、米大リーグ、マリナーズやヤンキースで活躍したイチローさんから献花も届き、球界での人脈の広さを物語っていた。

 峰高野球部OB会顧問の瀧野賢司さん(58)によると、金田さんは阪急に入団後、練習で使われたボールを拾い集め、峰高の後輩たちに長く贈り続けたという。親族関係者によると、金田さんは京丹後市内での講演会で、スコアラーとしての観察眼を先輩の野村克也さんに認められたことについて触れ、「あきらめない心」を熱く語っていたという。

 瀧野さんは「しのぶ会」で「OB会として金田さんの遺志を継ぎ、峰高野球部の支援を続けていく」と参列者に語り掛けた。

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