恐ろしき生存戦略“托卵”を人間が強制されたら……? ジェシー・アイゼンバーグ主演『ビバリウム』が描く寓話的な迷宮物語

『ビバリウム』© Fantastic Films Ltd/Frakas Productions SPRL/Pingpong Film

無味無臭の住宅地に迷い込んだカップル、なぜか赤ん坊を託される

『ビバリウム』は、カッコーの托卵シーンのギョッとするほどの大写しで幕を開ける。托卵とは、簡単にいうと他所様の巣に自らの卵やヒナを預けちゃって、「あとは任せた!」とする動物の習性のこと。巣に元々いたヒナがガシガシ蹴り落とされ何食わぬ顔で新参ヒナが育てられる様が、なにもそこまで……というぐらい接写される。自然界の力強い生命力が活写されているわけだが、そのあまりの不穏な切り取り方は作為的だ。自然への畏怖どころか、見てはいけないものを見てしまった感覚に陥る。

『ビバリウム』© Fantastic Films Ltd/Frakas Productions SPRL/Pingpong Film

そして、巣から落とされ死んでしまったヒナを丁寧に埋めて合掌するのは、ジェマ(イモージェン・プーツ)とトム(ジェシー・アイゼンバーグ)の仲良しカップル。ふたりはハッピームード満点で新居探しのためにぶらりと不動産屋へ行くが、奇っ怪な不動産営業担当者マーティン(ジョナサン・アリス)のススメであれよあれよという間に郊外にある新興住宅地ヨンダーへ。着くとそこは同じような色、同じような構造の一軒家が画一的にずらーっと並ぶ、なんとも平面的な不思議地域だった。

『ビバリウム』© Fantastic Films Ltd/Frakas Productions SPRL/Pingpong Film

完璧すぎる新キャラは全身ピンクのおバカギャル! 10年ぶり待望の続編『ゾンビランド:ダブルタップ』

そんな、日本でもわりと見ることができる景色の中の、「9番」の家の内見がいきなりスタート。と、思えばマーティンはいきなり忽然と姿を消し、ジェマとトムはもぬけの殻となった無人で広大なヨンダーを彷徨うことになってしまう。

『ビバリウム』© Fantastic Films Ltd/Frakas Productions SPRL/Pingpong Film

しかし、行けども行けども「9番」の家の前に着くという怪談めいた展開となり、さらには「9番」の家の前に置かれた謎の段ボールのなかに「育てれば開放される」とメモ書き付きで、赤ん坊が入っていた……。

『ビバリウム』© Fantastic Films Ltd/Frakas Productions SPRL/Pingpong Film

物語の解釈は人それぞれ!? 新鋭監督による挑戦的な迷宮物語

というわけで、ガチガチに固まったままの明らかな作り笑いを絶やさないクリーピー極まるマーティン、あいつは何だったんだ? とか、なぜ「9番」に帰ってきちゃうんだ? とか、そんなことすらどうでもよくなるほど強烈に謎で不快な展開が、次から次へと押し寄せるジェット・コースター仕様。脱出のためにありとあらゆる手を尽くすというのは、もちろん安部公房「砂の女」で、不条理な寓話として価値観に揺さぶりをかけるのは『ブラック・ミラー』シリーズ(2011年~)的でもある。

『ビバリウム』© Fantastic Films Ltd/Frakas Productions SPRL/Pingpong Film

なので、色とりどりで一見豊かだが、匂いも熱もまるで感じないという世界は何を描いているのか? なぜ人間で「托卵」するのか? どうして「9番」から出れないのか? といった謎はさまざまな解釈が許されているし、角度を変えればいろんな見方もできる。

『ビバリウム』© Fantastic Films Ltd/Frakas Productions SPRL/Pingpong Film

と同時に、強烈なビジュアルで様々なインスピレーションを与えてくれる。ホラーであり、SFであり、ラブストーリーでもある。そして、さっきから観念的な言葉ばかり並べちゃってるように、ストーリーと同様に観た者を誘い込み、出られなくするという迷宮構造!

『ビバリウム』© Fantastic Films Ltd/Frakas Productions SPRL/Pingpong Film

ニコケイを襲う“存在しない極彩色”の悪夢‼ イライジャ製作×ラヴクラフト原作『カラー・アウト・オブ・スペース ―遭遇―』

そんな本作で剛腕っぷりを見せつけたロルカン・フィネガン監督は、本作がまだ長編2作目。なのにもうその独自性は磨かれ抜いていて、おまけにスカバンド・The Specialsによるカバーが有名なDandy Livingstoneの「Rudy, A Message to You」を印象的に使った、ひとときの開放とエンジョイを描くダンスシーンなどの演出は、極めて腕利きの印。

なにもない世界でも音楽さえあれば超楽しくなれる! たとえ一瞬だろうがね! という確固たるメッセージは好感度大。これからも変な映画だけを期待したい!

『ビバリウム』© Fantastic Films Ltd/Frakas Productions SPRL/Pingpong Film

文:市川力夫

『ビバリウム』は2021年3月12日(金)よりTOHOシネマズ シャンテほか全国公開

© ディスカバリー・ジャパン株式会社