富豪の第三夫人は14歳 男児出産を期待される少女は、ある秘密を知る……『第三夫人と髪飾り』

『第三夫人と髪飾り』© copyright Mayfair Pictures.

夢(ゆめ)か現(うつつ)かベトナムか

そもそも一夫多妻に憧れるほどの甲斐性はないが、それが可能だったとしても、一人でさえ大変だというのに敢えて人生を複雑にするようなことを考えたこともない。フェミニズムの観点からすれば一夫多妻制は許しがたい慣習ということなのかもしれないが、それが可能な人がみんな仲良く暮らせるように御苦労されるのであれば、私は特に否定するつもりもない。

ベトナムでは19世紀まで男尊女卑の世界。女は男に所属するものであり、男子を生むための機能を負う存在であったらしい。世界的にも、日本のことを考えても、特に珍しいことではないが、改めてその歴史的事実を語られると、女性の抱えた苦労は大変なものだったろうとしみじみ思う。

『第三夫人と髪飾り』© copyright Mayfair Pictures.

現在のベトナムでは美しい娘さんは「送り迎えをしてくれない男には興味ない」と言い放つくらい堂々とされていて、社会主義国ベトナムは終わりがないと思われた戦争の後、完全に変化を遂げている。

しかし、事実は変えられない。女性自身も男尊女卑の慣習が当たり前だと信じていた時代を今じっくり見直すと、人間が作り出す制度、慣習は幻想だと実感する。

この作品で語られる物語はお伽話のような夢のようであり、厳しい現実を正面からとらえたドキュメンタリーのようでもあり、全編を貫く映像美は儚くも観るものを包み込む。

『第三夫人と髪飾り』© copyright Mayfair Pictures.

14歳の第三夫人

14歳のメイは大邸宅に暮らす地主一族の長の元へ嫁いでくる。好きも嫌いもない。そう決められたからやって来た。彼女は何が幸せなことなのかはわからないが、息子を生まねば「奥様」という身分になれないことだけは理解する。第一夫人、第二夫人がイケズであれば話はわかりやすくなるが、二人とも穏やかにメイを見守ってくれ、夜の営みについて髪飾りを使いながらの指南までしてくれる。

『第三夫人と髪飾り』© copyright Mayfair Pictures.

ある意味幸せな話じゃないか、と安心しそうになったところで束の間の均衡はほつれ始め、無理を重ねて作られた制度自体の存続も怪しい展開となる。

メイは周囲の期待通りの息子を生むことを自分の存在意義だと思い込んでしまうが、それすらも疑わざるを得ないほど連続する事件の中で、この世界で生きるということの不条理を感じてしまう。

『第三夫人と髪飾り』© copyright Mayfair Pictures.

一見静かで緩やかに思える生活の中に、逃げ場のない悲劇を私たちは観ることになるが、その悲劇は世界遺産ベトナム、ニンビン省チャンアンで撮られた。圧倒的な自然美に心を奪われながら、なぜか美術監修を引き受けたトラン・アン・ユン(『ノルウェイの森』[2019年]ほか監督)がこれでもかというほどこだわりぬいた装飾を施し、普段の何気ない生活に隠れている形式美、また耽美的エロチシズムに心を溶かされ、悲しみと感動でしばらく呆然としてしまう私たちである。

アッシュ・メイフェアという人

長編映画はこの作品が初めてというアッシュ・メイフェア監督はベトナムで生まれ育った女性で、ニューヨーク大学で映画製作を学んだ。脚本・監督をこなしたこの作品はフィクションではあるが、彼女の家族の歴史が下敷きになっている。

脚本は2014年にスパイク・リー プロダクション ファンドを受賞し、それから4年をかけて彼女は故国ベトナムでこの作品を完成させた。スパイク・リーだのトラン・アン・ユンだの、そういう人たちを味方につける監督のようだ。

『第三夫人と髪飾り』© copyright Mayfair Pictures.

私は40年近く聖地巡礼の旅を重ねているが、映画やアニメの聖地巡礼に出ようなどとは一度も考えたことがなかった。しかし、今回これを観て迂闊にも、初めて作品の舞台となった地を訪れてみたいと思ってしまった。チャンアンが『キングコング:髑髏島の巨神』(2017年)のロケ場所であったこともあるかもしれない。

文:大倉眞一郎

『第三夫人と髪飾り』は2019年10月11日(金)よりBunkamuraル・シネマほかロードショー

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