敗れてもなお、その表情はすがすがしかった。横浜市長選の大勢が決した8月22日夜。現職として4選に挑んだ林文子(75)は、同市中区の事務所で支援者約30人に語り掛けた。
「皆さまには感謝しかない」
その視線は、会場の一角にいた6人の自民党市議に向いた。「先生方には胸を打たれた」。言葉は次第に熱を帯びていく。「感銘を受け、全力で戦い抜けた」「結果的には負けたが、心が響き合った」「この経験は宝物」…。
次々とあふれ出す謝辞の根底にはしかし、自身の境遇に対する不満がにじみ出ていた。それは、カジノを含む統合型リゾート施設(IR)が争点の一つとなった市長選で、旗印とした誘致推進という政策への「背信」に起因している。
◆「情緒的」
IRに前向きな発言をしていた林は、前回2017年の市長選を前にトーンダウン。「白紙」を掲げ3選したが19年8月に一転、誘致を表明した。以来、市会の最大会派「自民党・無所属の会」や公明党と連携、「横浜IR」の実現にひた走ってきた。
だが今回、自民党市議36人のうち30人は、横浜への「誘致取りやめ」をうたう前国家公安委員長小此木八郎(56)の応援に回った。さらに、IR政策の旗振り役を担う地元選出の首相菅義偉(72)までもが小此木支援を表明。自民党の変節は顕著となった。
だから林は、誘致推進という信念を貫き、選挙戦を支えてくれた同党市議を「6人の侍」と呼び、感謝を重ねたのだ。支援者へのあいさつを終えた林は、報道陣からIR誘致を巡る一連の経緯を問われると、皮肉を込めて言い放った。
「菅総理が小此木さんを支援したのは義理人情でしょう。そうでないと説明がつかない。政治の世界は情緒的だな、と。IRは横浜の将来にとって必要な経済政策なのに」
市長選投開票日はくしくも、林がIR誘致を発表した2年前と同じ8月22日。=敬称略