被爆者? でも、あなたはアメリカ人でしょう  日系米国人作家が父のルーツにささげた物語

 

ナオミ・ヒラハラ氏(本人提供)

「帰米(きべい)」と呼ばれた人々を知っているだろうか。米国移民の子として生まれた後、いったん日本に渡って教育を受け、再び米国に戻って暮らした人々だ。日系2世とは異なる価値観や文化を背負い、第2次世界大戦中はどちらの国にいても敵国人と見なされることが多かった。

 父が帰米の日系米国人作家ナオミ・ヒラハラ氏は、帰米を主人公にした小説をシリーズで発表してきた。完結編となる7作目「ヒロシマ・ボーイ」は米国で2018年に出版され、ことし8月に邦訳された。

 本作では、国内でもあまり知られていない被爆者の歴史や、故郷で「ガイジン」扱いされるマイノリティーとして生きる帰米の人生を、皮肉とユーモアを交えて描いた。ヒラハラ氏に、小説へ込めた思いを聞いた。(共同通信=山岡文子)

 ▽小説でもリアルに

 ―米国生まれ、広島育ちの帰米、マス・アライが主人公のシリーズ完結編で、最後に広島を訪れた。

 マスは、広島からカリフォルニア州に渡った両親のもとに生まれ、幼い頃広島で教育を受け、8月6日に被爆者となった。その後、再び同州に帰ったという設定だ。86歳になるマスが訪れるべき場所に、他の選択肢はなかった。

 ―実在の場所が数多く登場する。

 16年に、私は瀬戸内海にある広島市の似島(にのしま)に約1週間、滞在した。その時の体験が反映されている。この島には、原爆で傷ついた多数の人が船で逃れてきた歴史があり、作品の重要なパーツでもある。私の親戚が、島の高齢者施設で働いているので、そこに泊めてもらった。フィクションでも、リアルな描写にしたかった。

小学館から出版された「ヒロシマ・ボーイ」

 ▽帰属意識

 ―日本では耳慣れない「庭師」がマスの職業だ。

 マスのモデルである私の父が庭師だった。広島で被爆した帰米でもある。英語が苦手でも、懸命に働けば家族を養える職業だった。戦後、庭師を職業にしたのは強制収容所から解放された人や、日本からカリフォルニア州に戻った人々。好況で、庭付きの家を新築する人が増え、顧客探しに苦労しなかったという。

 ―現在でも庭師として働く日系人は多いのか。

 今は、ほとんどがラテン系の人。ベトナムやインドからの移民もいる。灼熱(しゃくねつ)の日も、寒さに震える日も、トラックの荷台に芝刈り機を載せ、何カ所もの家を回って芝を刈り、水をまき、植物の世話をした。きつい仕事なので、1世は自分の子どもに継がせたくなかったようだ。

 ―マスをリアルに描くことを通して、帰米が生きる困難さを浮き彫りにした。

 戦時中は日本でも米国でも、そこに所属することを認められず、はざまで生きざるを得なかった人の現実を伝えたかった。本作は、どちらの国でも「ガイジン」と見なされるマスの回復と和解がテーマ。彼のように、大きな声を上げず、国際的に認識されてこなかった人の存在を発信したかった。

 

南カリフォルニアの日系人庭師の団体「南加庭園業連盟」が出版した「グリーンメーカーズ」に掲載されたヒラハラ氏の父、イサム・ヒラハラ氏の写真

 ▽言葉の壁

 ―マスが話す日本語のたどたどしさが随所で紹介されている。

 帰米は、米国生まれなのに英語が完璧とはいえず、日本育ちなのに、日本語もぎこちない。言葉の壁のせいで、自分が言いたいことを相手にうまく伝えられないことが少なくなかった。主人公のマスは、家族も友人もおり孤独ではなかったが、口数が少ない人物として描いた。

 ―あなたは、父親と話す際に日本語で話したのか、英語で話したのか。

 「私は英語だったり、日本語だったり。父は日本語で話すことが多かった。私が幼い頃「チャントシナサイ」とよく言われた。気の毒な人を思いやるときには「カワイソウネ」と言っていた。一生懸命やっても、うまくいかなければ「ショウガナイ」「キリガナイ」という言葉も口にした。マイノリティーとして生きていく上で、苦難が多い人生を映し出す表現だ。今の日本でも使われる言葉だろうか。

 ―今回の邦訳版では、著者名が「平原直美」と漢字で紹介された。

 私は10年通った日本語学校では、自分の名前を必ず漢字で書いた。片仮名で書いたことはない。日本の出版業界では、外国人の名前を片仮名で表記することは知っているが、数年前に取材を受けた日本のテレビ局が、私の名前を漢字で紹介したとき、日本の考え方が変わったのかもしれないと思った。だから出版社に「漢字の名前は使えるだろうか」と尋ねてみた。

 私は日本人ではないので、日本人だと思われたくない。でも著者名が片仮名だったら「オカシイ」と思う。日系人の中には、親から片仮名の名前を付けてもらった人もいるが、私の両親は漢字の名前を付けた。これが、どれほど重要なのか分からないが、日系米国人である私のアイデンティティーの複雑さを示している。この複雑さが作品の原点だ。

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 ナオミ・ヒラハラ氏 平原直美。1962年、米カリフォルニア州生まれ。スタンフォード大卒。ロサンゼルスの日系紙「羅府新報」の記者、編集長を務め、作家に転身。「マス・アライの事件簿」シリーズのうち、2作目の「ガサガサ・ガール」、3作目「スネークスキン三味線」(アメリカ探偵作家クラブ賞受賞)、最終作「ヒロシマ・ボーイ」が邦訳された。いずれも小学館刊。最新作「Clark and Division」(21年)は、日系2世が主人公の推理小説。

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