「勝ったからいいと思ったらダメ」最多勝男、松田次生が進化し続ける理由と“23勝目”に込めた想い

 年を跨いでの鈴鹿3連勝。2014年オートポリス以来の表彰台独占。そして歴代最多勝であるスーパーGT23勝目を、23号車で飾った松田次生。2021年のスーパーGT第3戦鈴鹿は、ニッサンGT-R陣営にとってこれ以上は望めないほど喜びに満ちた結末となった。

 久々に獲得した勝利、あるいは表彰台に、ドライバーもチームスタッフも皆笑顔だったが、同時に安堵の雰囲気も漂っていた。絶対に勝たなくてはならない鈴鹿、勝って当然と思われた鈴鹿で、結果を残すことができたからだ。

 昨年は2戦開催された鈴鹿戦を、MOTUL AUTECH GT-Rはいずれも制した。そのことからも分かるように、GT-Rと鈴鹿の相性は基本的には良い。ダウンフォース重視でデザインされた空力パッケージが、もっとも効力を発揮するのが鈴鹿のコースレイアウト。

 そのぶんどうしても増えやすいドラッグが富士のロングストレートでは足かせになるが、一方でもっともロードラッグだと考えられているGRスープラが、総じて鈴鹿をあまり得意としないことを考えれば、その空力コンセプトが正しくないとは言えない。直線スピードの伸びについては、エンジンパフォーマンスの差もあると、多くのニッサン系ドライバーが言う。

 空力的なマッチングがよく、加えて今年からサクセスウエイトと呼ばれるようになった、バラストのハンデが全体的に少なかったGT-Rは、鈴鹿で有利な条件がそろっていたと言える。予選では、一撃に優れ重量も軽いダンロップタイヤを履く2台のNSX-GTに先行を許したが、ポールポジションスタートのModulo NSX-GTは序盤マシントラブルによるクラッシュで姿を消し、Red Bull MOTUL MUGEN NSX-GTもタイヤのデグラデーションにより、予選での速さを決勝に活かすことができなかった。結果的に首位争いは主にGT-R勢のなかで繰り広げられることになったが、まずはその展開を改めて検証していきたい。

■戦略的には失敗だった

 レースはポールポジションスタートのModulo NSX-GTが5周目にクラッシュした結果、セーフティカーが10周目まで入り、隊列がリセットされた。そこにチャンスを見いだしたのは、その時点で4番手につけていたCRAFTSPORTS MOTUL GT-Rだった。鈴鹿でのアンダーカットの有効性を確信していた彼らは、ドライバーミニマムに近い20周でピットイン。素早いピット作業で、千代勝正から代わった平手晃平がアウトラップから攻めた。

「もともとアンダーカットを狙っていましたが、ちょうどGT300の集団に追いつくタイミングでピットに入り、遭遇しないタイミングで出ることができました。タイヤの温まりも良かったので、アウトラップからプッシュすることができたし、結果的に実質トップで後半スティントをスタートすることができました」と平手。

 一方、トップに立つもCRAFTSPORTS MOTUL GT-Rより4周遅くピットに入ったMOTUL AUTECH GT-Rは、トラフィックに飲み込まれた。

「僕はスーパーフォーミュラで監督もやっているので、何であのタイミングで入らなかったのかなと思いましたが、結果的に入る前も入った後もGT300に引っかかってしまいました。タイムを見ると、先に入ったクルマは1分51、52秒くらいで走っていましたが、トラフィックに引っかかった僕は53、54秒とかで、これは大きくロスしたな、やばいなと思いましたね」とロニー・クインタレッリからステアリングを受け継いだ次生。MOTUL AUTECH GT-Rがコースに戻ったとき、順位は実質4番手までドロップしていた。作戦ミスは、明らかだった。

 次生の前を走るのは、Red Bull MOTUL MUGEN NSX-GTの笹原右京、カルソニック IMPUL GT-Rの平峰一貴、そしてトップを快走するCRAFTSPORTS MOTUL GT-Rの平手。次生は冷静にオーバーテイクの可能性を探った。

「僕もけっこうタイヤを使っていましたが、早く目の前の笹原選手を抜かないとトップの晃平が逃げてしまう。だから、最後までタイヤが持つかどうか分かりませんでしたが、とにかく晃平を抜くまではタイヤを使いきろうとフルプッシュしました。タイヤがなくなったら、それは後から考えればいいやという気持ちでね(笑)。笹原選手はデグナーふたつめのブレーキングが甘く見えたので、あそこなら多分警戒しないだろうと思い、結構強引に抜きに行きました」

Red Bull MOTUL MUGEN NSX-GTを追うMOTUL AUTECH GT-R

■ARTA土屋圭市エグゼクティブアドバイザーも讃える松田次生の努力

 その頃の次生は「完全にゾーンに入っていた」という。自分は乗れてると思えるからこそのアグレッシブなオーバーテイク。優勝しか頭になかった。

「平峰選手は結構リヤが辛そうで、ブレーキが厳しくなっていたように見えましたし、ヘアピンはけっこうアウト側から入ろうとしていたので、まだブロックしないなというタイミングでするっとインに入った感じです。読みどおりにオーバーテイクすることができました」

 これで2番手に上がった次生の前を走るのは、平手のCRAFTSPORTS MOTUL GT-Rのみ。同じミシュランを履く同門のライバルだ。

「晃平のクルマはちょっとアンダーぽく、S字が辛そうに見えた。あと、シケインでけっこうロックしていたので、行けるかどうか考えていました」と次生。実際、その頃CRAFTSPORTS MOTUL GT-Rは左フロントタイヤのグリップ低下に悩まされていた。

「アウトラップでコールドから一気に熱を入れたので、その段階から左フロントに少しダメージがあるように感じていました。後ろとのギャップがまだあったので、マネジメントしながら走ろうと思っていましたが、予想以上にフロントのグリップダウンが大きく、思ったよりもペースが上がりませんでしたね」と平手。

 ミシュランタイヤについては、前半スティントではMOTUL AUTECH GT-Rがソフト、CRAFTSPORTS MOTUL GT-Rがミディアムと選択が分かれた。これは、前日の予選時にMOTUL AUTECH GT-Rが決勝での降雨や曇天の可能性を予想していたからだ。しかし結果的に前半雨はなく、路面温度も上がったことから、ソフトでスタートしたクインタレッリはムービングにより思うようにペースを上げられなかった。

 CRAFTSPORTS MOTUL GT-Rが選んだミディアムが正解だったと言える。しかし、後半に関しては2台ともミディアムであり、スペック上の優劣はない。先に交換を済ませたCRAFTSPORTS MOTUL GT-Rがライフ面で不利だったことは間違いないが、それだけでなくセッティングにも少し問題があったようだ。

「昨年までのクルマはブレーキングが少し弱かったので、今年は減速をしっかりとれるようなセッティングにしていました。タイヤがいい状態のときはセクター1は速かったけど、タレてくるとどんどん曲がらなくなっていった。セクター3も、ヘアピンとスプーンで曲がらないというのがあり、そこがMOTUL AUTECH GT-Rとの大きな違いでしたね」と平手。

2021スーパーGT第3戦鈴鹿 CRAFTSPORTS MOTUL GT-R(平手晃平/千代勝正)

「僕らもフロントタイヤは結構厳しかった。2コーナーから逆バンクまでのS字区間でがんばってフロントを使ってしまうと、後で曲がらなくなると分かっていたので、S字は並に行き、フロントタイヤはなるべく勝負どころだけに使おうとしていました。ただ、セクター3に関しては前後を使えるので、そこはプッシュしましたが」と次生は振り返る。次生が言う「タイヤを使いきろうとした」というのは、つまり前後をフルに使うということであり、そのためにフロントをケアしていたのだ。

 40周目の130Rで、平手を追う次生がGT300と並んだとき、あわや接触という危ないシーンがあった。

「多分GT300のドライバーはGT500が2台連続で来ると思っていなかったと思うので、ハンドルを切ってきたんです。僕はやばいと思って130Rイン側の縁石をかなりカットしましたし、向こうも気がついてステアリングを戻したと思います。かなりリスクのある抜き方でしたが、勝負をしていたときだったので、自分のなかでは行くしかないという気持ちでしたし、あそこで引いていたら、またすごく差が開いてしまったと思います」

 その後も次生はアグレッシブに平手を追い続けた。2コーナーでも飛び出しかけるなどギリギリの走りを続けたが、その鬼神のごときアタックは見るものを魅了した。「ああいった攻撃的な走りを続けることで、前に相当なプレッシャーをかけられたかなと思います」と言う次生は、最終的には平手がGT300にひっかかった瞬間を見逃さず、ヘアピンでインを刺し勝負を決めた。42歳のベテランが手にした、記念すべき23回目のスーパーGT優勝だった。

レース直後の松田次生とロニー・クインタレッリ(MOTUL AUTECH GT-R)

■一般の走行会に混じり、腕を磨く

「次生は本当にすごいよ。あの歳になってもニッサンのエースドライバーとして活躍できているのは、日頃から一生懸命努力しているからにほかならない」と、興奮した面持ちで勝者を讚えるのは、ライバル陣営であるARTAの土屋圭市エグゼクティブアドバイザーである。

 スーパーGT鈴鹿レースウイークの水曜日、土屋氏は千葉県の袖ケ浦フォレストレースウェイで次生にばったり会ったという。次生は走行14万kmのスカイライン・クーペで練習走行に来ていたのだ。ニッサンのワークスドライバーがレースウイークに過走行車で一般の走行会に参加。一体何のために?

「もちろん練習のためです。あと、セッティングについて考えることも目的ですね。あえてハイグリップではない少し下のランクのタイヤを履いて、ギリギリのグリップを出す練習をしています。4回ある走行セッションの最後は、GT500の予選を想定して、この周で行くと決めたときにベストを出すような走り方をしています」

 多くのライバルがスーパーフォーミュラでレーシング感覚を磨くなか、次生は自分の方法でドライビングを進化させようとしているのだ。

「フィジカルや目のトレーニングのためにカートもやっていますし、ドリフトも真剣にやっています。フロントタイヤをあまり使わず、リヤを使った乗り方をするときにドリフトの経験はかなり活きています。後輪が滑ったときの感覚を研ぎ澄ますという意味では、すごく有効だと思っています」

 今回の鈴鹿で、フロントタイヤを最後までいい状態に保つことができた背景には、そういった愚直とも言える不断の努力もあったのだ。

「勝ったからこれでいいなんて思ったらダメですし、進化し続けないと。それはドライバーだけでなく、チームやクルマも同様です。たしかにクルマは多少良くなってきていますが、では他のクルマに追いついたかと言うとハテナマークです。鈴鹿との相性はいいけど、SUGOやオートポリスではどうだろうか?  鈴鹿にしても、サクセスウエイトがない状態のライバルと戦ったとき、勝てただろうか? 勝ったからいいやではなくて、そういう意識でいなければチャンピオンは狙えません。そのあたり、僕はけっこう冷静に見ています」

 キャリア最高のレースをできたという喜びと、このままではダメだという強い危機感。ニッサンの開発部隊に、次生の想いと言葉は届くだろうか?

※この記事は本誌『オートスポーツ』No.1559(2021年9月3日発売号)からの転載です。

2021スーパーGT第3戦鈴鹿 MOTUL AUTECH GT-R(松田次生/ロニー・クインタレッリ)
MOTUL AUTECH GT-Rに乗り込む松田次生
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