日本スポーツ界の「タブー」破ったウェビナーとは 高性能トラッキング情報も公開した〝英断〟

 IT技術の進化で、選手の動きを数値化するトラッキング技術は精度が高まり、採取できるデータも多様性を増している。日本でも普及が進むが、バスケットボールBリーグでも導入するチームが現れた。アルバルク東京は練習場にしている東京都府中市の体育館にシステムを設置し、選手のけがの予防やコンディショニングに役立てている。さらにこうして得たチーム内の〝機密情報〟とも言えるデータを公開して、ウェブを介したセミナー「ウェビナー」で情報交換。競技の枠を超えて注目を集めている。(共同通信=山崎恵司)

受信機を指さす荒尾コーチ

 ▽3次元データを採取する高性能端末

 A東京が導入したのは、ドイツで開発された高性能システム「キネクソン」。選手が腰に着けるのは縦5センチ、横3センチ余り、厚さ8ミリ、重さ14グラムの小さな端末。選手の移動距離や速度、加速や減速、ジャンプなどを正確に把握、数値化して記録する。コートの周囲に受信機を設置すれば、端末で採取したデータをリアルタイムで受信し、分析することができる。

 トラッキングシステムといえば、ラグビーやサッカーで普及している衛星利用測位システム(GPS)のものが思い浮かぶが、GPSは人工衛星を利用するため、室内のスポーツには使えないし、位置情報の誤差も比較的大きい。

 これに対し、キネクソンは屋内でもデータ採取ができる。設置も比較的簡便で、採取できるデータは多様で正確。大ざっぱに言うと、GPSなどは「平面=2次元」のデータだが、キネクソンは「立体=3次元」のデータを採取することが可能だ。シュートやリバウンドなどジャンプ力が勝敗に影響するバスケットボールには最適といえる。

 こうした特性から、米プロバスケットボールNBAの24チームが採用している。米女子プロバスケットボールのWNBAも、7連覇を達成した東京オリンピック後の8月12日に開催したコミッショナーカップの1試合限定でキネクソンのデータをテレビ中継などに提供した。バスケットボールだけでなく、欧州ハンドボール連盟もリーグ戦に導入するなど、他のスポーツでも採用実績を積み上げている。

腰に着けたキネクソンの端末

 ▽18台の受信機でリアルタイム把握分析

 A東京の練習体育館には、コート2面を取り囲むように18台の受信機が設置れ、精度の高いデータをリアルタイムで把握、分析できる。荒尾裕文パフォーマンスコーチ兼ヘッドトレーナーによると、キネクソンを導入したのはA東京が「日本初ではなく、アジア初です」。気になる費用は「国産の高級乗用車1台分くらい」ということだった。

 キネクソンでデータを採取し始めて2シーズンが経過。そのデータを公開する形でウェビナーが6、7月に開催された。キネクソンで得られた運動量の数値から選手の体への負荷を分析。A東京が運動負荷をどう管理し、活用しているかについて、荒尾パフォーマンスコーチと佐藤寛輝トレーナーが講師となって説明。参加者からの質問にも応じた。

 運動負荷の把握と管理は、けがの予防やリハビリテーション、疲労回復などのコンディショニングを行うために必要だが、数値化によって、効率が大幅に向上する。トレーニングやコンディショニングを担当するコーチやトレーナーにとって最も関心のあるテーマで、参加者は64人を数えた。

 参加者の顔ぶれは多様だった。プロ野球やラグビー・トップリーグ、女子バスケットボールのWリーグ、日本ハンドボールリーグなど国内最高レベルのスポーツチームの関係者やスポーツ医学、データサイエンスの研究者など。それに海外の大学から参加した3人も含め、熱心に耳を傾けた。

 2度のウェビナーは質疑応答も含め、それぞれ3時間ずつ。プレゼン用ソフト「パワーポイント」の資料をふんだんに使用し、理論だけでなく、A東京での実例も紹介しながらの講義は、詳細で具体的だった。

 Wリーグのコーチは「A東京の有用なデータを基に、多くの新しい知識を得ることができ、大変勉強になった。特に運動負荷を、量と強度、クオリティーという三つの領域で分析されている点が非常に興味深く、女子チームでもこれから実践していきたい」

講師を務めた荒尾コーチ(右)と佐藤トレーナー

 ▽画期的なノウハウ公開と共有

 自分たちが蓄積したデータやノウハウを公開し、共有することは手の内を見せるようなもので、日本のスポーツ界ではタブーだった。その意味でこのウェビナーは画期的といえる。

 別のストレングス・コンディショニング担当は「ロードマネジメント(運動負荷の管理)に取り組んでいるチームは多いが、これほどチーム内で使いこなし、ここまでデータを把握、分析しているのはまれだと思う。しかも、その情報を外部に公開し、日本のスポーツ界へ波及する機会としたのは意義深い」と、A東京の〝英断〟をたたえた。

 「隠すなんて思っていない。逆に広めていこうと思いました」。荒尾パフォーマンスコーチはさらりと話した。

 ウェビナーを主催したのは、キネクソンの日本販売代理権を持つスポヲタ株式会社。家徳悠介・最高経営責任者(CEO)は「このウェビナーで、バスケットボールにおける最先端のスポーツサイエンスの取り組みを知っていただき、新たな知見から少しでもバスケットボール界に変革が起きればと思っています」

 キネクソンという高性能のトラッキングシステムから得られたデータを生かし、選手のコンディショニングの分野でもより科学的な取り組みがなされ、それが日本のスポーツ界の底上げにつながる。このウェビナーの意義は小さくない。

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