動物愛護「先進国」、来年の州法施行で食肉が消える?

斜陽化する米国の畜産業【世界から】

© 株式会社全国新聞ネット

飼育中の豚(イメージ)

 米国は動物愛護の先進国だ。ペットに対する虐待を規制する法律はもちろん、近年では食肉用の家畜に対する扱いも厳しく規定されている。こうした動きの中で、来年施行されるカリフォルニア州法が波紋を広げている。全米の豚肉が高騰するきっかけになりかねないからだ。(共同通信特約、ジャーナリスト=岩下慶一)

 ▽プロポジション12

 事の発端は2022年から実施される、家畜に対する残酷な扱いを禁じたカリフォルニア州法、プロポジション12だ。この法律は豚を収容するおりの大きさを従来の1・3平方メートルから1・8平方メートルに引き上げることを義務付けており、条件を満たさない豚肉は来年以降、カリフォルニア州で販売できなくなる。それほど大きな変更ではないようにも思えるが、現行の施設を改修する費用は中規模の養豚業者で約1億円と言われており、業者にとっては死活問題だ。畜産の盛んな中西部の州にとってカリフォルニア州は大口の取引先だが、だからといってこれだけの設備投資はおいそれとできるものではない。

 そして業者以上に影響を受けるのが、住民投票で州法を可決した当のカリフォルニア州民だ。同州の豚肉消費量は毎月11万5千トンだが、プロポジション12の規定をクリアしているのは州内で生産される豚肉2万385トンが中心で、これは全消費量の5分の1にも満たない。今まで他州から購入していた10万トンが入らなくなれば、来年以降、深刻な豚肉不足が起こる。ロサンゼルス・タイムズは7月、“カリフォルニアからベーコンが消える”というタイトルの記事を掲載し、多くの市民が動揺した。

ベーコン(イメージ)

 ▽家畜に対する福祉運動

 食用の家畜への動物福祉運動が加速し始めたのは21世紀に入ってからだ。最終的には食肉にされてしまう家畜に対する愛護、というのも不思議な気がするが、そこはキリスト教文化に根ざした国である。たとえ食用動物であっても不必要な苦痛を与えることは避けるというメンタリティーは米国社会に広まりつつある。

 2002年、フロリダ州の州法が妊娠中の豚を一匹用のおりに閉じ込めることを禁止する条例を定め、2006年にはアリゾナ州も同様の条例を可決した。こうした中で、動物の権利(アニマルライツ)運動の推進団体、「動物の倫理的扱いを求める人々の会(PETA)」が影響力を強め、米国の大手ファストフード企業に対し、食用動物の扱いを巡って批判の矛先を向け始めた。ケンタッキーフライドチキンやマクドナルドがやり玉にあがり、企業側は「食肉は動物福祉に配慮して飼養している供給業者からのみ購入する」と表明して何とか妥協点を見いだした。以来多くの外食産業が家畜への福祉を配慮するようになった。

 ▽豚肉価格が暴騰する?

 今回のカリフォルニアの州法もこうした流れの一環だ。リベラルな土地柄で知られる同州らしく、賛成62%、反対37%という大差で可決した。住民が自ら選択したわけだが、自分たちの食卓への深刻な影響を予想していた人がどれほどいたかは分からない。

 本当にカリフォルニアからベーコンが消えるのだろうか。これにはいくつかの予測がある。一つは、全米の豚肉消費量の15%を占める“大口顧客”であるカリフォルニアの意向を無視したビジネスは成り立たず、大半の畜産業者がカリフォルニア州法に従って家畜の環境を改善するだろう、というもの。この予想が当たれば、畜産業者は豚1頭につき15%と言われる生産コストの上昇を価格に上乗せしなければならなくなる。その結果、カリフォルニア州に限らず、全米の豚肉価格が上昇する。全国民がカリフォルニア州のとばっちりを受けることになるわけだ。小売価格の上昇は60%以上と予想されている。

飼育中の豚(イメージ)

 もう一つは、畜産業者がカリフォルニアにそっぽを向き、他州にビジネスを振り向ける、という予測だ。農業ジャーナリスト、ジョン・フィップス氏は、中西部の畜産州がカリフォルニア向けに設備投資をする可能性は少なく、他州が今までカリフォルニアに販売していた豚肉は余剰分として流通し、全米の豚肉価格を押し下げるだろうと語っている。ただしカリフォルニアの豚肉価格は高騰する。

 ▽向かい風

 いずれにしても米国の畜産業界にとって風向きはあまりよくない。2018年以降、12の州がカリフォルニアと類似の、家畜の成育環境を改善する条例を成立させており、中西部の畜産州は対応に頭を抱えている。畜産業への「向かい風」はそれだけではない。環境面、特に温暖化ガスの排出という面でも風当たりは強い。家畜の飼料を生産する過程で多くのCO2が生まれるのに加え、家畜から排出されるメタンガスが温室効果を加速させるからだ。バイデン大統領が温暖化対策を推進する「パリ協定」への復帰を決めた今、食肉産業にさらなるプレッシャーがかかるのは火を見るより明らかだ。

 このまま行けば2022年以降、カリフォルニアの食卓にのる豚肉は激減するだろう。ロサンゼルス・タイムズは、現在1パッケージ6ドルのベーコンが10ドル近くに跳ね上がると予想している。米国のホテルの定番朝食、ベーコン&スクランブルエッグはもしかすると姿を消すかもしれない。そしてもっとも影響を被るのは家計に占める食費の割合が高い貧困層だ。比較的安価だった豚肉が高騰すれば、彼らの食卓は大打撃を受ける。ネットにはこんな書き込みが見られた。「動物愛護はいいことだと思って(住民投票で)賛成したけれど、こんなことになるとはね。今のうちに冷凍ベーコンを買い占めておこうと思っている」