小説「龍の夢-」発刊 台湾で旅館営んだ祖父と家族題材

著書「龍の夢」を手にする林田さん=長崎市、喫茶去ベアフット

 明治、大正、昭和期にかけての日本統治時代の台湾台北市で純和風の温泉旅館などを経営し、リゾート開発に功績を残した佐野庄太郎さん(1878~1948年)と家族を題材にした“小説”「星乃湯 龍の夢~台湾北投に“日本”をつくった佐野庄太郎一家」(集広舎)が発刊された。著者「剛衛(ごうえい)」は、佐野さんの孫で、長崎市大橋町で喫茶店を営む林田剛衛(たかもり)さん(68)。
 林田さんは元県立特別支援学校教諭。祖父の台湾での奮闘ぶりを、母八重子さん(佐野さんの長女)から聞いて育った。林田さんは「事実に基づいて執筆したが、証明できない部分があり、ノンフィクションとは言い切れない。祖父の立身出世の物語。どんな時代をくぐり抜けてきたのかを伝えたかった」と語る。
 祖父は静岡県富士宮市出身。一旗揚げようと19歳で単身、台湾に渡った。雑貨店で修業し、30歳で独立。赤れんが3階建ての旅館「台北館」を開業した。繁盛したが、さらなる成功を求め、市郊外の北投温泉への移転を決断。土地と建物を購入し、純和風旅館「星乃湯」を創業した。古里から取り寄せたマツやサツキを植え、ニシキゴイが泳ぐ日本庭園や、日本のおもてなしが評判を呼び、国内外の観光客や政財界関係者も利用する有名旅館となった。
 しかし、日中戦争開戦で観光業は陰り、戦局が悪化すると「星乃湯」は旧日本陸軍の航空病院第一別館として一部利用された。45年、日本の敗戦で祖父一家は星乃湯などすべてを手放し、内地に引き揚げるしかなかった。
 祖父は古里の富士宮市に戻ったものの、引き揚げの心労などで健康を害し、48年に他界した。享年72歳だった。「星乃湯」はその後、元従業員が「逸邨大飯店」として運営したが2013年に廃業した。
 母は、夫の出身地である長崎市で戦後の生活を始めた。著書「龍の夢-」に掲載した写真は母のアルバムから抜粋。挿絵は、母のスケッチブックや日記に描かれたものだ。
 林田さんは13年に休業中の星乃湯を訪れた。「涙が止まらなかったのは自分のルーツにたどり着いた喜びと、祖父を尊敬し、祖父のような人生を歩みたいと思っていたせいかもしれない」と振り返る。「書き残すことができて肩の荷を下ろすことができた」
 「龍の夢-」は四六判、256ページ。1540円。書店や林田さんの喫茶店で販売。店はコロナ禍で休業しているが本は購入できる。問い合わせは「喫茶去(きっさこ)ベアフット」(電095.848.6800)。

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